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及川がどうしても皆でテスト勉強をしたいなんて言うから、仕方なく花巻と松川を連れてファミレスに立ち寄ったのが数時間前。
結局彼女に呼び出されたからとか言って言いだしっぺの及川が抜けたのが1時間前。
男子高校生の勉強に対する集中力などそう長く続くものではなく、既に全員携帯をいじっている中ふと花巻がこぼした「うわ、雨降ってんじゃん」という言葉に顔を上げる。
花巻の言う通りざあざあと音を立てて降る雨はコンクリートに跳ね返って、その激しさを物語っていた。
「傘持ってねぇよ」
「俺も」
「俺折りたたみ持ってるよ」
松川のそんな言葉に駅まで一緒の花巻は入れてもらうつもりなのだろう、「ラッキー」と顔を綻ばせている。
テスト前で部活が無かったのだから、大人しく家に帰っていれば雨に降られることも無かった。
そう思うとやはり言いだしっぺである及川に腹が立つのは、もう仕方が無いことだと思う。本人がこの雨を逃れてるのが更に腹立つ。
傘が無い俺のために松川が「通り雨かもしれないから様子見るべ」と言ってくれ、再度全員で参考書へと向き合った。
だが結局それから30分待ってもやむ気配はなく、そろそろ帰らないと明日の朝練に響くからと諦めて店を出た。
「気をつけろよ」
「風邪引かないようになー」
松川の折りたたみ傘に入り先に駅へと向かっていく2人に、軽く手を挙げながら答える。
190センチ近い男2人が折りたたみ傘に入るのはなかなか辛いようで、2人して肩が出てしまっている。
あれは果たして傘をさしている意味があるのか。なんて思いながら2人を見送り、どうしたものかとため息をついた。
一番近いコンビニまで走って3分。だがこの大雨の中走ればもう濡れネズミだ。傘を買ったところで意味を成さないだろう。いっそ走って家まで帰るか。
このまま店の前にいたところで迷惑だと大雨の中一歩踏み出そうとしたところで、ふと自分の名前を呼ばれて立ち止まった。
「岩泉くん?」
「……ミョウジ?」
振り返った先に居たのは中学時代からの同級生であり、今年初めて同じクラスになったミョウジだった。
中学時代はほとんど話したことが無かったが、今はまあそこそこ会話はするレベルの仲になっている。仲が良いと言われたらまた違う気はするけれど、悪いわけじゃない。
つまりまあ、よく言ってクラスメイトというやつだ。
「偶然。今日は部活無かったんだ?」
「おー。部活の奴らとテスト勉強してた。ミョウジは?1人か?」
ミョウジが出てきた店の扉を見てみても、奥から誰かが出てくる様子は無い。
そんな俺の質問にミョウジは困ったように笑顔を見せて。
「私ここでバイトしてるから。今バイト上がったところなの」
「そうなのか。お疲れ」
「岩泉くんも」
なるほど、バイト先か。ホールに居たらすぐ気づいただろうから、多分キッチンだな。
なんてどうでも良いことを考えながら、テスト前にバイトできるなんて余裕だなと思ってしまった。
まあ、ミョウジって普段から成績悪くないみたいだし、時間見つけて勉強するタイプなんだろうな。
俺らみたいに追い詰められてから付け焼刃で勉強するような人間ではない、ということなのだろう。
「もしかして岩泉くん、傘無いの?」
「ん?ああ、雨降ると思わなかったからな」
「今日降水確率80パーセントだよ……?」
苦笑いを見せるミョウジに、言葉が返せない。
正直今日の朝は若干寝坊したせいで天気予報を見ていなかった。そしてまさかこんなタイミング悪く雨が降るとは思っていなかったせいで、折り畳み傘は寂しく玄関に置きっぱなしにされている。
本当、自分のタイミングの悪さには呆れるしかない。
「良かったら、一緒に入る?」
「は?」
「あんまり大きい傘じゃないから、肩は濡れちゃうかもしれないけど」
突然何を言い出すかと思えば、手に持っていた折り畳み傘をおずおずと俺の目の前へと突きつけてくるミョウジ。
女子らしい白を基調とした花柄の傘は確かに2人で入るには小さくて、更にはそれが男女となれば尚更。
バレー部のなかでは小さい俺だって一応男なわけで、女性用に作られた折り畳み傘に入ってしまったら俺の肩どころかミョウジの肩だって濡れてしまうだろう。
俺らはよく言ってクラスメイト。そんな仲である俺を、ミョウジが濡れてまで傘に入れる必要性は無いはずだ。
それで風邪を引かれてしまっても後味が悪い。ここは断るべきだと、思ったのに。
「同じ北一だったんだから、家もそんなに遠くないでしょ……?」
そう言うミョウジの顔は少し赤くなっていて、傘を持つ手も震えていた。のは、俺の気のせいではないと思う。
勇気を出して声をかけてくれたんだろう。そう思うと、ここで断るのは逆に失礼なのかもしれないと思ってしまう。
「あー、じゃ、ミョウジの家まで頼む」
「え、でも、」
「それでじゅうぶんだ」
ミョウジの家に先に行けば、もちろんミョウジの家から俺の家までは濡れて帰るわけで。
それを咎めようと口を開いたミョウジに返事をすれば、渋々と言った形で「わかった」と頷いて見せた。
ミョウジから傘を借り、開いた少し小さめの傘に二人で入る。
思っていたよりも狭い傘の中は何だか不思議な感覚で、濡れないようにと内側に寄れば小さな肩へとぶつかってしまうもんだから寄るに寄れない。
なんだ、これ。思ったより緊張する。
「岩泉くん、傘、もっとそっちにやって大丈夫だよ。肩濡れてるでしょ」
ちらりと俺の肩へ視線をやったミョウジが、申し訳なさそうに言う。
「いや、元々ミョウジの傘なのに入れてもらってるだけありがてぇ。ミョウジのこと濡らすわけにいかねぇよ」
申し訳ないのは俺のほうで、全身がずぶ濡れにならないだけマシだ。
それにミョウジは一瞬驚いたような顔をしてから、ふっと小さく笑みをこぼす。
「意外と律儀だよね」
「意外とってなんだよ」
「言葉のままだよ、傘も持ってくれてるし」
「そりゃ、俺のほうが背高いからな」
女子の中で、ミョウジは多分背が高いほうだ。160センチを軽く越えるその身長を嘆いている場面も何度か目撃している。
それでも、俺からしてみれば全然小さいほうだ。及川達に比べれば可愛いものだと、無意識に表情筋が緩む。
「あ、あんなところにケーキ屋さんできたんだ」
大通りに差し掛かると、ふとミョウジが横を向いてそんなことを言い放った。
それにつられてミョウジと同じ方へと視線を向ければ、こじんまりとしたケーキ屋がそこに建っていた。ショーケースの向こう側に並ぶケーキをジッと見つめたミョウジは、小さく「美味しそう」と漏らす。
女子って甘いもの好きだよな。なんて思いながら前を向けば、タイミング悪く信号が点滅を始めた。
「おい、あぶねぇぞ」
「え?わっ、」
余所見をしていて信号に気づいていないミョウジがそれ以上前に出ないように、傘を持っている腕でミョウジの行く先を阻む。
腕に気づいて立ち止まると思っていたが、ミョウジはそのまま俺の腕へと思い切りぶつかってしまった。
悪い。そう声をかけようとして、腕への感触が想像よりも柔らかかったことで俺の脳内は停止する。
「っ、」
それがミョウジの胸だと気づくのには時間がかかって、反射的にミョウジを見ればミョウジも驚いたように目を見開いて固まっていた。
触るつもりなんて無かった。そう言おうにも何だか言いわけがましい気がして、何て声をかけるべきかわからない。
「ご、ごめん!」
そんな俺をよそに、慌てたようなミョウジが胸元を隠すよう自分の肩を抱く。
「なんでミョウジが謝るんだよ……」
「いや、だって、え、だって!わ、私が、余所見してたから……」
気まずそうに逸らされた視線は、宙をさまよって。俺達の間に嫌な沈黙が走った。
これはただの事故。
お互いにそうわかっているのに、どうしてこうも上手く切り替えられないのだろうか。
「その、悪い」
「ううん、こちら、こそ……」
搾り出した謝罪にミョウジは何度も頷いて、それからまた視線をさまよわせた。
ただの事故だって、自分でわかっているのに。
想像以上に柔らかかった感触だとか、目の前のミョウジが耳まで真っ赤になっているのだとか。そういうのを見ているとミョウジも女子なんだと思わされて。嫌でも意識してしまう。
別にミョウジが女子なことなんて最初から理解していたつもりだった。
それでも改めて自分とは違うものを持っている彼女に、無性に興奮してしまう自分がいた。
秋の入口に降る雨のせいで気温は下がり、濡れた肩のせいで身体は冷え切っているはず。それなのにどこからか燃え上がるように熱いこの気持ちを、俺は抑えられそうに無い。
岩泉と衝突事故
君に触れる免罪符
20171020 紫苑