わた婚でライブ潜入した明くる日。雑誌撮影で都内でいかにも映えそうなカフェに来ている。カフェデート特集の一部らしく、彼氏役の方もいるらしい。私はもうメイク中だが、相手役の方の前の仕事が押していて少し遅れるようだ。メイク室に戻ってきたマネージャーに、極力顔を動かさないように声を掛けた。 「ね相手役の人って誰?」 「あー、今来たって。挨拶したいけど時間なくて準備入ってもらった。謝ってたわ」 「…?目上の人なら私が行かなきゃでしょ」 「そうじゃないから言ってんの。はいはい黙る」 「あ、そう…。」 予定より30分も遅れて来たから仕方ないのだろう。私は全然いいのだけど、マネージャーの対応がなんか…。…まさか道枝さんが来るとか?いやいやないわ。ジャニーズさんはこの系の撮影NGだったはずだし。それに万が一あの人だったら別に隠す必要ないだろうし。 メイクが終わると渡された服に着替えながら、もう相手役なんかどうでもいいぐらい忘れて、今日の夜ご飯何食べよっかなーぐらいで思っていた。 「あっ名前ちゃん!おはようございます道枝です。挨拶行けなくてすみません、今日はよろし……どうしたんですか?」 現場に入ると分かりやすく頭を抱えてしまった。……いやいやなんで?まさかで考えてたのはある意味ネタみたいなもんだったのに。別に会いたくないわけじゃないけど、こう……。…わた婚でしか会いたくなかったのよ、何となく!てかなんで言ってくんなかったの!?とマネージャーを恨むも、今時のデートコーデを着こなす高身長を目の前に何も言えるわけがなく…。 「おはようございます。…いや、道枝さんが相手役って聞いてなくて驚いちゃって。」 「あ……そうなんですね。嫌…でしたか?」 「いやいやまさか!ただ、 「あっ分かります。この仕事聞いた時、わた婚関係かと思いましたもん。」 「……でも違うんですよね?」 「って聞いてます。あの撮影は明日ですもんね」 このタイミングでこの人とこんなにも会うものか?…怪しい。この雑誌が発売される頃にはわた婚も放送されてるだろうし、それに乗っかって売り捌こうって魂胆だろうな。なんて冷静に分析していると、カメラマンさんがやってきて撮影の内容を説明された。よく聞いていなかったが、とりあえずカップル感出しとけばいいらしい。 カフェの一角、テーブルを挟んで座るよう指示が入る。そこにはもうアイスコーヒーが置かれていて、ちょっと飲みたい気持ちからそれを取ろうと手を伸ば…した時。ツンツン、と反対の腕を突かれて、その手が伸びている先を見つめた。 「今日は夫婦じゃなくて恋人ですね。」 「……おっ恐ろしい……。」 なにが?と言わんばかりに微笑む道枝さんに、反射的に怯える私。でもこれは無意識なんだろう。わた婚撮影時に思ったことだが、この人は狙ってやっている臭さがない。このあざとさは、天性のものだ。プラス、ちょっと天然が入っているとかもう無敵だと思う…。 「あっ今いい感じだね。そのまま手握ってー」 カメラマンさんから指示が入り、突如撮影が始まった。腕ツンしてきた彼の手に私の右手を絡めると、降ってくるシャッターの音。あの音は好きだ、どんな時でも仕事モードにさせてくれる。その後もケーキを食べさせあったり、口の端についたクリームの舐めてもらったりと…カップル感満載でお届けいたしました。 「名前ちゃん」 「はい?」 最後に撮るツーショットの背景を少し変えたい、とのカメラマンさんの要望で私たちは少し待つことに。二人して撮影の一角から離れた席に移動すると、間を置かずに道枝さんの声が飛んできて顔を向ける。その先には、ちょっとむくれた表情の彼がいた。 「…敬語。止めましょって話やったやないですか。」 「…あ。ごめんなさいつい…」 「いや、なんか僕もすみません指摘する形になっちゃって。でも、出来たら…名前ちゃんとは砕けて話せたらなって」 「道枝さん……。」 僕なんかが偉そうにすみません、と謝るものだから、思いっきり首を振る。私的に、わた婚の撮影日は、それ用に撮影以外でも敬語は止めた方がいいと思って提案したことだった。でも道枝さんにとっては違うかったようだ。…なんか仲良くなりたいと近付いてくれるのは嬉しいのだが、こんな美形に言い寄られる(言い方)と勘違いしてしまいそうだ。 「てか、"道枝さん"って。」 「あっ…よし。じゃあ、今から駿くんって呼ぶよ?」 「うん。絶対そうして。」 「…でも怒られたりしーひんかな」 「えぇ?誰に?」 「駿くんファン。」 「アハハ。そんなん俺が"そう呼んで"ってお願いしてるんやから。問題ないよ」 目がなくなるくらい笑ってそう言ってくれるものだから、不覚にも胸が真面目に鳴った。……だから今のは、彼にとって深い意味はない!ないんだから…、軽くてもいい。意味があって欲しい、なんて思うな私。 2022.7.30 |