そんな私の心境など知るよしもなく。次の日、わた婚の撮影が来てしまう。今日は家で映画を見るらしい。私の持ってきたプロジェクターが役に立つ日だ。…アルバムにサインもらうミッションもあったな。

撮影前、スタッフさんがプロジェクターで映画をスクリーンに投影してくれていた。動作確認中らしい。私達はソファに座って、談笑中だ。

「なぁ一昨日めっちゃ驚いてんけど!来てたよな?」
「ごめんごめん。こっそりライブを観に行くっていうのがその日の撮影だったもので…」
「俺マジで知らんくて、普通に名前ちゃんの名前叫ぶとこやったわ。ほんま驚いた」
「あっやっぱそうやったんや」
「え?」
「んーん。何でもなーい。」
「ええ気になるやん!教えてよ」
「内緒ですぅー。」
「なんで?教えてや〜」

肩を優しく掴んで、教えてとせがんでくる駿くんにちょっとときめき掛けている自分がいる。…あーこれは本格的に良くない。そんな私達をどう見たのか、プロデューサーさんがいつの間にそんなに仲良くなったの?と驚いていた。

「実は昨日たまたま仕事で会って。」
「名前ちゃんめっちゃ余所余所しかったんですよー僕ちょっと拗ねてました。」
「アハハ。かわいいなあ」
「やめてやめて可愛がらんとって〜〜。格好良いだけくれ。」
「それは無理あると思う。」
「いやちょっとぐらい悩んでや。」

笑い声が絶えない現場で、今日も楽しい撮影になるんだろうと思っていた。まさか、…まさかあんなことになるなんて。

**

カメラが回ると、ライブを観に行った翌日という設定なので、まずはそのサプライズに驚いたっていう話をしまして。その間に、駿くんはプロジェクターで投影した画面をリモコンで操作している。さっきスタッフさんに教わっていたから大丈夫だろう。

「何見る?色々あるけど…」
「やっぱりホラーじゃない?」
「なんかそう言うと思った。」

なんでよ、と返すも、何となく。で返ってくる。教えて欲しそうに問うてみるも、上手くはぐらかされる。さっきの仕返しですか。じゃあこれにする?と彼に聞かれたタイミングで、カンペが見える。"名前、アルバムのミッション"。……今?

「駿くん。その前にですね…」
「えっ何?」
「アルバムミッションがありまして…。」
「アルバムミッション?」

なにそれ、と笑いながらソファに座る私の隣に腰掛けてくれる。先程スタッフさんから受け取った例のアルバムを差し出すと、不思議そうに受け取ってくれた。

「えっメンバーのサインあるやん」
「実はあの日頂きまして…。」
「…えっ?楽屋来てたん!?」
「……あ、そうなんです。ライブ前にメンバーの皆さんに挨拶させてもらって…。」
「そうやったんや…。(メンバー)誰も教えてくれへんかってんけど」
「ごめんごめん。私が大吾くんに絶対内緒にしてってお願いしたからだと思うから、メンバーの皆さんは悪くなくて…」

そうだ、この件事前に駿くんに言うの忘れてた。でもまぁ、別に大丈夫か。という表情は隠しながら、様子を伺うように見つめる。肝心の彼は…なんか微妙な表情をしていた。え?

「……"大吾くん"?」
「え?」
「いや何でもない。ミッションは?」
「あー…、そのアルバムにサインしてほしくて。」
「…それだけ?」
「そうなの。この空いてるとこに…」

なんでちょっと不機嫌なのかよく分からない。…もしかして大吾くんって呼び方が悪かったとか?いやいやまさかな。そ、そんな少女漫画みたいなことあってたまるか。アルバムの不自然に空いたスペースを指差して、ペンを渡した。無言でサインするものだから、なんだか空気が重たく感じる。

「はい」
「ありがとう。大事に部屋に飾るね」
「……あのさ」
「ん?」

顔を上げると、思ったより近くに駿くんの顔があって反射的にのけ反る。それに気付いたのか、瞬間的に彼の手が腰に回ってきて、逃げた分を引き寄せられる。全てが一瞬の出来事すぎて感情がついていかない。

「……駿くん?」
「大吾くんと…」
「…?」
「、仲良いん?名前で呼んでたけど…」

えっまさかの?少女漫画シーン過ぎて一瞬固まった。だってこれ、もし、間違いじゃなかったら…ヤキモチ?絶対演技だって、どこかでプロデューサーに吹き込まれたに決まってる。…そう、思うのに…。ライブの時も大吾くんのうちわ持ってたもんな。とちょっと拗ね出す30p先にいる駿くんに、本気で心臓が煩い。よく覚えてたね…!

「前に…ドラマで共演したことがあって」
「そうなん?聞いてへんけど…」
「…言う、タイミングが無くて…ですね…。」
「ふーん…。」

そんな態度に、怒ってる、?と小さく呟くと、怒ってはないけど…と同じ音量で返ってくる。すると、逃げられないように腰にあった手が、私の後頭部を撫でるように少し引き寄せるのに、俯けられる顔。

「……ごめん。俺余裕なくて」
「え?」
「俺の知らん名前ちゃん知ってんのやと思うと…、…なんか」
「……なん、か?」
「あ〜………ヤキモチ妬いた…っていうか…。ごめんキモくて」

顔を両手で隠して、私の肩にこてんともたれ掛かってくる。耳が真っ赤なので照れ隠しなのだろう。ほんまごめんな、と小声が聞こえたので、首を横に振った。な……なんだこの愛くるしい生き物は…。肩にある彼の頭を、やさしく撫でる。

「大丈夫だよ。よしよし、」
「やから子ども扱いしやんとって…。」
「ごめん。可愛くてつい…」

と呟くと。バッと私から離れて、わざと眉を顰めたような顔が見えた。コロコロ表情が変わるから、見てて飽きない。いや、むしろ…

「あ、怒った。俺怒ったで」
「えーなんでよ。機嫌直して。」
「じゃあさ、お願い聞いて。」
「お願い?」

うん。お願い。と次はにこにこ笑いながら私から離れて、ソファに深く腰掛ける駿くん。脚を開いて、その間をポンポン叩いている。…………まさか。

「ここ座って。ほんでそのまま映画見よ。」
「……どうしたん?変やで」
「変ちゃうよ。俺子どもやから、ホラー怖くて見られへんねん。でも名前ちゃんが近くおってくれたら見れる気するなって。」
「…!」

ニヤリ、と笑った駿くんにある意味してやられた気分だ。ニコニコしたまま、名前ちゃん早くー。と呼ばれるので、渋々駿くんソファに座る。遠慮しかしてないので、背中なんてもちろん預けていなかったが、しれっと腕を引かれてもたれ掛かってしまう。驚いて見上げようもんなら至近距離過ぎて、すぐそれを止めた。

「さ、見ましょうねー。」
「……くそう。」
「え?なんか言うた?」
「言うてへん!!」

アハハ、と笑う振動でさえ背中越しに伝わるのが辛い。もうこんなの映画どころじゃない!と始まったホラーを観ながら思うのだった。

その後、カメラが止まった後駿くんが異様にプロデューサーさんに褒められていたので、軽い台本があったのだと確信した。よ、よかった演技で…。てか私にも教えてよ酷いな。


2022.8.1
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