お姫様抱っこをされるという苦行後、時間がないので一瞬のトイレ休憩を挟むことになり。私は顔面直され中のなか、お腹を空かせたらしい駿くんが、なんか買っていた。目が合って、オドオドする彼がかわいい。 「(プロデューサーさんに)買っても良いって言われて…」 「アハハ。怒ってないよどうしたの」 「いや名前ちゃんも食べたいんかなって思って」 「いいよいいよ。何買ったん?」 「焼きそばとチーズ入ってるんやって。美味そうじゃない?」 てのひらサイズの、亀の甲羅の絵ががあしらわれた肉まん?みたいなものを見せてくる。確かに美味しそうだが、現在朝の8時過ぎ。さすが20歳の胃袋無限大だな。でも美味しそうではある。…一口ぐらいなら食べてみたい。 「あ、半分こする?」 「えっいやそんなには」 「じゃあ一口?」 「…いいの?」 「全然いいよ!先食べて。感想教えてな」 「わーいありがとー」 …ってリップ塗り直してもらったばっかだった。と思ってメイクさんを見るも、全然良いですよと言ってくれた。女神…!お礼を言って、一口かぶり付く。 「どう?」 「……ごめんパンしか食べられへんかった」 「アハハ!口ちっちゃいなぁ。じゃあ、」 半分に割ってくれて、真ん中食べなよ。と言ってくれた。優しいなぁ。お言葉に甘えてかぶり付くと、焼きそばとチーズの相性最強で、可愛げもなくうまっ!と驚いた。すぐリップを塗り直しされる中、駿くんは私が二口食べたいびつなそれを食べて、同じようにうまっ!!と驚くので二人して爆笑していた。 それをプロデューサーに、(カメラ)回ってるとこでやってよーとちょっと怒られた。でもほんと、普通に仲良くなったよねって言われて、顔を見合わす。…たしかに。 「なんか弟みたいなんです、駿くん」 「えぇ〜」 「イヤなの?」 「…いえ。断じてそんなことは。」 アハハと笑いながら、たしかにこんなネタみたいな話も出来るようになるとは。初めの頃は思ってなかったと思う。だってジャニーズ様だから、仲良くなっても、ある意味一線を引いていたのに。駿くんは…引いても、やんわり越えてくる。嫌味なく、自然に。だから、受け入れてしまう。 「再開ですよ、お嫁さん。」 「了解です、お旦那さん。」 「お旦那って…」 「響き変すぎんね。」 「でもお夫もおかしいもんな…。」 「……よし!次何乗ろっかー」 「テレビモード早…」 再開すると、それを待っていたのか駿くんはさらっと手を繋いでくる。…ちょっとそれを待ってしまう私もどうかしている。これは台本のある演技だ、と今日で何回言い聞かせているのだろう。もう沼に嵌まった後だから、遅いのだろうか。 次はジョーズに乗ることが決まっているが、うちの夫役はほぼ天才なので。不意にサメが出てきましたかのようなリアクション。…でも駿くんなら本当に忘れてて驚いたってことも有り得るな。天才は却下しよう。 「うわっジョーズ!!なあ写真撮ろや!」 「はいはい。サメは逃げないから大丈夫だよ」 「もー。ほら行こ!」 早く早く、と急かしてくる姿ももう可愛いでしかなく。手を引かれて走るハメになっても、もう私の負けです。な感じで着いて行かされるのだ。果たしてそれは、本心か、偽物か。…そこを自分で探る勇気は、ない。無いし、したらいけない。この世界でこの仕事を続けたいのであれば。 あっという間にオープン時間に迫り、巻きで収録。どこから漏れたのか、入園を待つゲート前にはすごい人だかりだ。毎日オープンを待つお客さんはこんなにいないとのことで、やっぱり駿くん目当てのお客さんだろう。凄まじい人気…。裏口から撤退して、ロケ車でほっと一息。 「ファンに出くわさなくてよかったね。結構な人だったよ」 「どこから情報漏れたんやろな。収集能力すごない?」 「すごいのはあなたの人気ぶりですねぇ。」 「あ。ありがとうございます〜。」 「わざとらしっ。」 ハハハ、と笑いながらずっと聞いてみたかったことを聞こうと思えた。気になっていたけど、前はここまで仲良くなかったし、聞きにくかった。でも、今なら。 「ね駿くん」 「ん?」 「なんでさ、 「え?」 キョトンとされる。なんでそんなこと聞くんだ?ぐらいの顔だ。あぁそれは、と普通のテンションで返ってきそうだ。それすら、私には驚きでしかない。だってわた婚に出演なんて、人気衰退させるようなものじゃ…。見上げると、満面の笑みの駿くんがいた。 「俺さー、わた婚の大ファンで。だから出てみたかった、っていうのが一番かな」 「…えぇ?絶対反対されたでしょ?」 「そりゃ、めっっちゃくちゃ反対された。でも、今後我が儘言わんからこれだけは…!って懇願した」 「そんなに…?」 「だって合意的に結婚生活送れるってヤバない?最高やん。」 「お、おぉ……。」 そんな男子学生みたいな考え…とも思ったが、本人は至って本気のようだった。なのでつっこみたい気持ちは飲み込む。あっけらかんと話しているように見えるが、きっと結構悩んだんだろな。とも見える笑顔だった。 「実はさ」 「うん?」 「ファン減るから止めろーって散々言われた時、実力で取り返しますって言うてもーてん。」 「え格好良いやん。やったれ駿くん!応援するよー!」 「…我ながら口が過ぎたとも思ったんやけど、言うてもうたからには…」 「からには?」 「めっちゃ楽しむことに決めてんねん、この結婚生活」 「おぉっ…いいね!私も楽しむぞー」 「だからさ、」 「?」 見上げると、隣の通路越しに座っている駿くんの手が伸びてくる。ぽん、ととやさしく頭に乗った。 「もっと仲良くなりにいきますので。よろしくお願いします。」 …あ、なんかもう色々遅かった、かも。 2022.8.4 |