ぶつぶつ文句を言いながら、パジャマを脱ぐ。メイクもすっぴん風からおでかけ用に一手間加えてもらった。今から着る服は…最終回時のものだ。荷物を纏めて家から出て行くシーンを先撮りするらしい。これで、ここでの撮影は終了。

「あと、20話ぐらい撮りたい…か。」

朝イチの駿くんの言葉を思い出す。本当にその通りだ。きっと私の方がそう思ってる。だからこそ、言葉にできない。……もっと同じ空間にいたい。どんな形でもいい。…でも。

「アザくん最高やな。」
「………馴染んでるねえ。」

着替えてリビングに降りると、準備万端な駿くんがソファに置いてあった私の人形を抱き締めて座っていた。この子をよく取り合いしたなぁ、とかいつか思い出すのだろうか。

「…なぁ、アザくんさ「あかん。」
「おーいおいまだ言うてへんやん。」
「駿くん分かりやす過ぎるねんよ」
「一生のお願い!ちょうだ「あかん!」
「やから早いって!聞いてや」
「アザくんはやらんぞ…。まだ嫁になんぞやらん!」
「お父様…!そこをどうにか…!」
「ええーい!出直して来いっ」

茶番を繰り広げていると、近くのスタッフさんが笑いながら本当に仲良くなったよねぇ。と感心していた。関西の血流れてる人はみんな親戚みたいなもんで…。と私がヘラヘラ言うと、そんなわけないやろ。と笑ってつっこまれました(ありがとうそれ待ちです)。

荷物を纏めて二人して家を出るシーンを撮ると、またお着替え。次は9話目用の服だ。着替えて移動のためロケ車に乗り込むと、私の後ろの席に駿くんが座る。すぐ、声が聞こえてきた。

「…新居楽しかったよなぁ。」
「だね。なんか色々思い出ある。」
「何が一番印象に残ってる?」
「んー…、初めてあの家で撮影した時のことかな」
「えなんかあったっけ」

ちょっと考える間があって、でも分からなかったようですぐギブアップしてきた。脳裏に浮かんだそれは、ある意味今思い出す方が面白く感じた。

「家探索してたときな、」
「あほんまに初っ端やな」
「そうそう。で、二人してベッド飛び込んでそのまま駿くんが爆睡したやつかな」
「あ………、…うわ忘れてた。そんなんあったなぁ。…俺やばない?」
「アハハ!うん、やばい。でも今思ったら最高におもろいなって」
「恥ずかしっ………。」

普通、初めましての人と家ロケ初っ端で爆睡する人おらんもんなぁ。と思いながら笑うも、照れていることを誤魔化すように言い訳する駿くんが可愛い。もしかしたら、あの頃から気を許してくれていたのかなと思ってしまう。恋をすると何かと恋愛プラス思考が過ぎるな…。

「駿くんは?あの家での一番の思い出」
「えーなんやろ…。いっぱいあるからなぁ」
「んー、例えば?」
「唐揚げ作ろってなった時、名前ちゃんキッチンで買い物袋から具材出すときとかおもろかったし…」
「アハハ!やめてやめて雑なやつやん」
「アザくんのプレゼンもやな。めっちゃ必死で」
「絶対良さ分かってもらお思ってたなぁ」
「でもほんまにファンなった。アザくんマジで欲しいもん」
「プレゼンが活きてよかったーー。」
「いやほんまに。思い出あり過ぎてビックリしてる。」
「やね。なんか…言葉にすると寂しさ増すね」
「確かに…。もう終盤やもんな」

こんな他愛もない話も、もうすぐできなくなるのか。そう思うと、心臓の中心がキュッと縮こまる音がする。この一瞬を永遠にする方法なんてどこにもないから、良い思い出は美化されていく一方なんだろう。…思い出す度に薄れていく記憶を誤魔化すように、勝手に砂糖を振りかけて綺麗にするのだ。きっと、この一瞬も。

「……名前ちゃん?」
「あっごめん。何だっけ」
「たこ焼き楽しみやなーって言うてただけ。」
「なんよもう」

ごめんごめんとカラッと笑っているような声が聞こえる。顔を見ていないのに、もう声だけでどんな表情で笑っているか分かるようになってしまったらしい。

「駿くんたこ焼き作れるん?」
「え当たり前やん。そもそも関西人で作られへん人おんの?」
「えぇー?家にたこ焼き機あった?」
「あった。」
「…やるやん。」

さすが大阪。と思いながら顔が緩む。…こんなどうでも良い話が心から幸せなんて、私この人のこと好きになり過ぎてんな。隣に座ってなくてよかった、こんな顔見られたら絶対バレてた。と小さく笑った。

**

自分で焼けるたこ焼きのお店でお昼を食べて、パワースポットらしい神社にお参りして撮影は終了となった。17時、私はこの後仕事はないが…駿くんは早々と消えていった。聞けば映画の番宣で特番に出演するらしい。売れっ子だよホント…。帰りの車に乗ると、それなりの疲れが襲ってくる。マネージャーも空気を読んで今日は何も…

「アンタ道枝さんの事好きでしょ?」
「!」

秒で目が覚めた。…が、そんな反応するとイエスと答えているのと同じだ。必死に抑えて、作りあくびをする。

「…はぁ?何言ってんの」
「バレてないとでも思ってんの?」
「いや演技」
「へぇ…。」

嘘つけ、と言われている気がした。が、もう追求されるとボロが出そうなので寝た。…いや、正確には寝たフリ。正直この人にはバレていてもおかしくなかったが、女優としてのプライドが私にもあったらしい。咄嗟に嘘をつくとはそういうことだろう。

…でも、結局はそうなのだ。嘘をつかなければいけない人を、好きになってしまったということ。自分で再確認して一丁前に傷付いている。誰もが割り切れると思って入ってくるこの世界、実際そう上手くはいかない。

「(あーあ…。)」

初めから、この思いは言葉として形成もされないまま、一生眠る運命。


2022.8.9
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