ありとあらゆる所に定点カメラが設置された車内。運転席には私、助手席には駿くん。彼はプリッツを食べながら、車内に流れる初心LOVEを鼻歌で歌っている。

「食べる?」
「んー…」
「はーいどうぞー」
「おぉはーい。」

食べるとは言ってない。と思いながらも口を開けると、サラダ味のプリッツが口の中に広がる。夕方の高速道路は、寒さに飲み込まれる前の暖かさが感じられてちょっと好きだ。

…そう、これは遊んでいるのではなく最終話の撮影。最初で最後のドライブ。マネージャーに運転したくないと駄々をこねたが、却下されました。

「俺も早く免許欲しい。」
「私運転得意じゃないので是非取ってください。」
「なかなか時間なくてさ…気付いたら助手席でお菓子食べてた。」
「お菓子っ…!、」

くそう!もぐもぐ姿がかわいすぎる!夫に甘すぎる妻の絵図過ぎました…。でもなんか、最終回なんだと思うと逆に実感が湧かない。だって、全然終わる気配などなくて。現実を受け入れたくないだけ、と言われるとそれまでなのだが。今日はしんみりせず、楽しむのが目標。

「今日もあのスニーカー履いてきた?」
「もちろん!海辺で散歩とか絶対履くしかないやろー」
「アハハ。だねぇ。嬉しそう」
「嬉しいけど、同じぐらいまだ(撮影)やってたいなぁって」

あと30分でぐらいで目的地の海辺に着く。必然的にこのドライブが終わって、そのまま海辺をお散歩して、終わり。全部、終わってしまう。番組も、この距離感も、会える機会も。

「……寂しいけど、最後まで楽しくいたいよ」
「…だね。ごめんなんかいらんこと言うた。無し無し!」
「じゃあ踊って。もっと〜」
「えっ!?…あんな恋がしたくて〜」

ちょっと無茶振り過ぎたかと思ったが、両手でできる範囲で踊って歌ってくれた。しんみりとしかけた空気を晴らすには、咄嗟にこれしか思い付かなくて。本物〜やら、カッコイイ〜なんて合いの手を入れると、適当!とつっこまれて大笑いした12月中頃過ぎ。少し窓を開けると寒くて、悲しくなった。

「運転ありがとう。疲れてない?」
「全然。プリッツ貰ったからね」
「アハハ。すげぇ力持ってたんやなあいつ」

そう言いながら、目的地に着いて車を降りる。日が落ちるのも早いので、もう外は真っ暗だ。でも、少し先に海が見える。所々、キラキラ光っていて泣いているようだ。

「夜の海とか絶対綺麗だよね。」
「うん。絶対綺麗。この時点で分かる。」
「目ぇいいね。早く本物確かめに行こう」
「今日コンタクトの調子良いな…。」
「なんだろうつっこむの難しいな」

え何が?と首を傾げる駿くんは、私の手を取って歩き出す。自然になったそれが嬉しくて笑いながら見上げると、ん?とちょっと笑った顔が薄暗い照明の中でもはっきり見えた。

ちゃんと顔をこちらに向けて視線をくれるとことか、礼儀正しいなぁと思うほどに焦がれる。彼の良いところ全てが私の好きを増やしていく。このシチュエーションが全て本当だったらいいのに。でも後ろと前を歩くカメラさんの存在で、すぐに現実に引き戻される。

「名前ちゃん?」
「…いや、背高いなって。」
「え今更?あなたが小さいだけですよ。」
「駿くんが縮んだらそれで済む話だと思う。」
「めっちゃ無茶言うやん」

笑いながら、でもちょっと屈みながら歩いてくれる。本当にしてくれると思ってなくて爆笑する私と、歩くのがぎこちなさ過ぎて駿くんも大笑い。膝曲げ過ぎてて歩きにくそうだ。

「待ってこれめっちゃしんどい!」
「アハハ!これで私の気持ち分かった?」
「いやいやこんな膝曲げて歩いてへ…」

んやろ、と私を見て言ったとき。たまたま私も駿くんを見て爆笑していたので、視線が重なると思ったよりも近い距離に一瞬時が止まる。暗くても、良い感じに当てられる照明が絶妙で、何かよく分からない雰囲気が襲ってくる。

「………」

そのまま、何も言葉は発せられない。でも視線は重なったまま。互いに自然とゆっくり近付くのは、当たり前かのように距離が縮まる。寸前で目を閉じると、首を傾げてくれる彼を感じた。近くで波の音が聞こえるなか、唇に触れたそれは、壊れものに触れるかのようにやさしかった。

満たされる何かが、私を覆う。でもすぐ離れてしまうけど、まだ鼻がつきそうな距離でとまった。

「…………、なぁ」

私を見ているのが分かる。でも、近すぎて視線を合わせることなんて出来ない。それに、また、見てしまったら……。…そう思うのに、止められない。

視線が合ったが最後、また触れる唇にもう癖になりそうなくらい満たされてしまう。もっと、と欲してしまいそうになるが今は撮影中だ。先ほどより気持ち長めに触れたそれは、ゆっくり離れてうつむいた。

「……行こ、っか」
「…ん」

恥ずかしくて、顔を上げられない。でも手を取ってやさしく引っ張ってくれるおかげで、歩けてる。……今のは、台本にない。握った手があつくなる。雰囲気が悪さをした?それとも…

少し後ろを歩く私は、駿くんの背中を見つめる。喉まで出かけた言葉は何も言えないし、何も聞けない。

「………」

色んな感情がほとばしる。でも伝える術が私にはない。それが苦しくて、でも知ってほしくて。繋いだ手をキュッと握る。それに気付いてすぐ握り返してくれるものだから、嬉しいけど切なくなる。海のさざ波の音が、それを助長するかのようだった。ねえ、終わりたくないよ。


2022.8.11
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