スタッフさん達は撤収作業に入り、私達は交互でロケ車で着替えの指示。先に私から入らせてもらうことになり、車に乗り込む。 「……。」 彼の挨拶がぼんやりと再生される。最後のミッションカードに書かれた彼の願いで、私は共演者の域を越えないと分かっていた。けど、それは間違いないと念押しされた気分だった。今までの全ては、本当に、仕事を全うしただけだと…。 私だけが勝手に盛り上がって、勝手に好きになっただけだったのだ。 「……あほらし、」 薬指に嵌めていた結婚指輪を外す。私の思いもここに置いていけたら、と強く思った。あの人ビジネスライクが上手すぎるって…。いや、私がチョロいだけか。頬を流れたそれに、気付かないように服を脱いだ。 「あ」 着替え終わってスタッフさんが用意してくれた簡易イスに座っていると、交代で着替えに入った駿くんがロケ車から降りてくる。 「名前ちゃん」 「あっ駿くん。お疲れさまです。」 「お疲れさまです。この後まだ仕事?」 「まさか!ないよ。駿くんは?」 「俺もない。」 「えっ珍しいね」 さすがになぁ、と笑う彼とこんなに気軽に話せるのは、きっとこれが最後だろう。駿くん用に準備されていた簡易イスに座る姿を見つめる。ここで帰りの車待ちだ。 「終わっちゃったな。結婚生活。」 「…だねえ。もう会うことないかもよ。」 「そんな悲しいこと言わんといてやー。前やって雑誌の撮影で会ったやんか」 「……そうね。あの時は驚いたなあ…。」 「確かに。名前ちゃん余所余所しくて俺が拗ねたやつや」 「アハハ。もうすごい前みたい」 「でもまだ半月前ぐらいやんな?」 「そうそう」 喋れば喋るほど、傷に塩を塗られる気分だった。…私ちゃんと笑えてるのだろうか?もう会うことないかも、なんて言いたくもなかった。でも、連絡先を聞いてくれたりしないかとほんの少し期待してしまった。さっきあれだけ仕事だと突き付けられたのに。 …どうしてもそう、思い切れない。ただの願望かもしれないけど、あれは収録中だったし大人もたくさんいたから。そう、思いたくて仕方ない。 「最後のミッションさ、新しくなかった?」 「あー確かに。答え合ったら会えるってビックリした」 「…駿くん模範解答すぎん?」 「待て待て失礼やぞ」 アハハ、ごめんごめん。と言いながら車がまだ来ないことを祈ってる。ロケ車で帰らないと思うから、互いに別々で帰ることになる。そうしたら、もう……。ならば傷付くと分かっていても、聞きたい。もう希望がないと思えるほど私を裂いてくれた方が、いっそ、 「でも…ほんまに思ってん。この先もずっと、俺が大好きやった名前ちゃんが幸せであってほしいなって」 「……なんかそれずるない?」 「なんでよ。本音やんか」 「ひしひしとビジネスを感じる……。」 「待ってほんま酷い!」 笑いながらそう言うのも、全て仕事の延長線上に見えてしまう。疑心暗鬼が過ぎるかな。…でも、私のことを何とも思っていないのなら、仕事相手ならば……。 「でもさ、それを言うなら名前ちゃんのほうが狡いと思う。」 「えぇ?」 「初めは、"最後にもう一度会いたい"って…撮影終わったら絶対会えるのになんで?って思ってんな」 「うん…?」 「でも、すぐ気付いた。"夫婦として"ってことに」 「…うん」 「やから、名前ちゃんもこの夫婦生活気に入ってくれてたんやなって思って。めっちゃ嬉しかった。」 私が好きな、嘘偽りのない笑みの駿くんがそこにいた。その時、胸にストンと落ちたそれ。…彼はただ、目の前の仕事に一生懸命なだけだったのだ。私みたいに、 演者である私もそうでなければいけないのに、それ以上を期待して、求めて。…勝手なのは私だ。なのに、そんな仕事熱心な彼を悪者のように思ってしまうなんて。…被害者ぶるなんて。 「見て」 「ん?」 「無理言って貰った。やばない?」 「……え?」 そんな罪悪感でいっぱいの中、駿くんがポケットから取り出したそれは、私があの時書いたミッションカード。思わず目を見開く。 「えっ貰ったん!?」 「うん。どうしても欲しいってスタッフさんにお願いして粘り勝ち。」 「…い、いる?そんなん」 「要る!だって名前ちゃんと俺の夫婦やった証みたいやん?」 宝物にする。と微笑む彼に涙腺が熱くなる。…そんなのずるいよ。胸に込み上げる何かを必死に抑えて、笑った。せめて、ここでは彼と同じ最高な演者でありたい。 「、アハハ!駿くんらしいなぁ。…完敗!」 「乾杯?どしたん飲んでんの?」 「んなわけないやん!もー!…あ、駿くん(お迎え)来てる」 「あ。ほんまや。」 自然と立ち上がる彼につられて、私も立った。…まだ、私は頑張れる。いや、頑張りたいんだ。せめて今だけでも。 「名前ちゃん本当にありがとうございました…!」 「いやいやこちらこそです。駿くん大好きだったよ。」 「俺も大好きやった。…またどっかで会えるやんな?」 「もちろん!私も負けずに頑張りますので」 じゃあ…と声が聞こえる。駿くんは一礼して、お互いに手を振った。彼は迎えの車の方へ歩いて行って、その後ろ姿を見送る。車の前で振り向いて大きく手を振って乗り込む姿に、もういいかと溜めていた涙が外に出ていった。 ごめんね。この恋は永遠に封印しようと決めた。 2022.8.14 |