あれから三年後。私は芸能界を引退した。

わた婚後はそれなりに注目も集まったが、やはり炎上は免れずでドラマにも呼んでもらえなくなり。ついにはモデル業も底をついた。それでも頑張っていたが、世間で消えたなと言われているのを見て幻聴が聞こえるようになった。いつでも誰かにそういうことを言われているのが聞こえる、ストレスからくるものだった。それをきっかけに半年前、一般人に戻った。

その後同じ業界の裏方で働くも、"元芸能人"というレッテルが邪魔で、働きにくければ変に気を遣われて。もう散々だった。もう無かったことにしたかった。誰にも触れられたくなくて、やっと見つけた職場。

「おはようございます」
「あー偽名(名字)※言い訳のみ使用さん。おはよう」

ロッカーには年配の方ばかり。職種上、マスクを外さなくても不審に思われない。そして上司に了承を得て、職場の方には偽名で通している。これでもう、私の顔半分だけを見て昔を思い出されることはない。エプロンを付けて、食堂へ出向く。

社員食堂として都内のあちこちに展開しており、いつも人が少ない所に派遣されるのだが最近は決まって同じところだ。一等地の背の高い商業ビル。ここで一生皿洗い。誰とも関わらない見られない良い仕事。ただ、ロッカーから職場までの距離が地味にあって、その間だけが苦痛だ。

「………」

廊下に、貼ってあるポスター。道枝さんと見たことのある女優のドラマ宣伝のものだ。…これを見る度に、惨めな気持ちになる。私は散々な結果を辿ったのに、彼はその真逆だから。ジャニーズといえばなにわ男子、となるほど知名度も上がり、レコ大で何かの賞も取っていた。道枝さんに至ってはドラマや映画に引っ張りだこである。私とは天と地の差。

「偽名(名字)※言い訳のみ使用さん、今日からお客さん増えるみたいだから。よろしくね」
「分かりました」

皿洗い場に着くと、料理長が笑いながら何か言っている。詳しく聞いていなかったが、夜から何かの撮影にこのビルを貸し出すらしい。その準備で早く来るスタッフが、食堂が閉まるギリギリに大量に来るんだとか。正直何でもどうでもいい。

今まで関わったことのあるスタッフさん達もいるかもしれないが、皿洗い場ここは外から絶対に見えない。だから選んだのだから。

「今日も頑張りましょう!」
「……」

やる気の料理長の声に、誰かが返事していた。今日も早く終わればいい。

**

18時、職場を後にする。今日もあっという間に終わっていい仕事だ。自転車で10分漕いで、自宅のマンションに到着。ここも早く引っ越したいのだが…。と背の高過ぎる家を見上げる。

俗にいうタワーマンション。45階建ての32階が私の部屋だ。あの時代にお金を貯めて、一括で買ったもの。唯一の贅沢。…が、今になって首を絞めるとは。買ってしまったので、共益費のみで住める。破格の値段なので出て行けない。けれど立地も良くてセキュリティーも万全なので、芸能人が多々住んでいる。

「ハァ……。」

自転車を置くと、裏口からマンションに入る。エレベーターは6台あって、高層階用のボタンを押した。待っている間、携帯を見るとしつこいあの人から連絡が来ていた。

"近々飲み行こ!"

「………。」

芸能界の友人は、全部置いてきた。あの頃を思い出したくも無かったから。なのに、唯一。一人だけそうさせてくれなかった男…西畑大吾。何度断っても無視してもめげないので、もうこちらが折れた。連絡が来ると渋々返している。

"休みが合ったらね"

と打っていると、下がってきたエレベーターが開いた。誰かが降りてきたので、人がいると思ってなかったせいか反射的に見上げる。

「………、」

マスクとキャップを深く被っていた長身の男性は、見たことのある顔だった。その後ろを、若くて華奢な今時の女性が着いていく。成功して人気が出ると彼女ぐらい居たって普通だ。ただ、同じマンションだったということに苦痛を覚えた。…大吾くんあいつめ。知ってて黙ってやがった…。

すぐ目を伏せて、二人が出ていくのを待った。男性の方から視線を感じた気もしたが、地面以外見なかった。そもそも興味もない。

「……」

道枝駿佑と、見たことのある女優が去った後のエレベーターに乗る。そういえばポスターに載っていた二人だったな。


沈んだ青/2022.8.16
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