エレベーターで遭遇して一週間。あれから会うことはなく、このままを維持してほしいと願う12月上旬。珍しく残業だった。前に料理長が言ってた撮影隊が終わり際に大量に来たからである。ロッカーで着替えながら時計を見上げると19時…、1時間オーバーだ。

身支度をしビルの廊下を歩いていると、電話が掛かってくる。……あいつだ。

「………はい」
≪おー名前?今いい?≫
「いいけど…」

大吾くんはこうやって、ふらっと連絡をしてくる。LINEか電話かは本人の気分らしい。ロッカーは地下にあるので、気持ち程度だが電波が悪い。まぁ聞こえるしいいか…とビルを出る為階段を登る。

≪いま家?≫
「いや、さっき仕事終わったからまだ職場」
≪えっ珍し。残業?≫
「そう。なんかどっかのスタッフが大量に来た」
≪へー…。≫

歯切れの悪い言葉に、何?と問い掛けるといや何でもないと言われる。気持ち悪い…。それが言葉に出ていたようで、酷い酷いとつっこまれていた。だって何か隠してます感が凄かったから。

≪まあさ、とりあえず今日飯行こ≫
「あー…。」
≪ん、OK!名前の職場って××ビルやったよな?迎え行くわ≫
「いや人の話…」

何が、OK!やねん。と思いながらも、この人に何言っても耳を貸してくれないのはよく学んでいる。小さくため息をつきながら、階段を登り切った。

≪焼肉でも良い?良いお店紹介してもらってん≫
「はいはい何処へでも」
≪えっどうしたん?遅れてきた反抗期か…?≫
「…待ち合わせは?」
≪やから職場まで迎え行くって≫
「それは、

要らん、と言った時だった。1階のエントランスの端をそそくさと歩いていたはずなのに、横から歩いてきた人と荷物同士がぶつかった。

「!すみません」
「あっこちらこそすみません!………」

その後すぐに去ろうとするも、ぶつかった人は止まったまま。何か落としたのかと不安になって視線と上げると、その人は首を傾げていた。…………や、ばい。この人……

「……名字、さん?」
「………!…」

すぐ視線を下げる。でも、もう遅かったようだ。一瞬で暗闇が降ってくる音がした。

「えっお久しぶりです!××です!わた婚の時ADさせてもらってたんですけど…」

声が、でない。何でここに…!その後も何か言っているみたいだったが、頭の中は嫌いな声で溢れかえっていた。身体が、震える。

"あんな奴いたよな。どこ行った?見ないけど"
"もう消えたんじゃん。どこにでもいそうな顔だったし"
"演技も下手だったもんな"


「……や、…めて………。」
「…?名字さん?」
「………っ、……」

頭痛が酷くて、崩れ落ちた瞬間視界が真っ暗になった。どうして、私を放っておいてくれないんだろう。一人になりたいだけなのに。…誰かが寄ってくる気配に、完全に意識が消えた。まるで否定するかのように。

**

「えっ、どうしたんですか?」
「あっ道枝さん…!名字さんが急に…」
「!」

先に現場に向かったはずのスタッフさんが、倒れた誰かを介抱していて驚いて駆け寄る。見れば名前ちゃんで、余計に目を見開いて膝を着いた。周りにいたスタッフさんも着いてきてくれて、少し騒然となる。

「何が……」
「に、荷物がぶつかって、振り返ったら名字さんで、私嬉しくなっちゃって…、声を掛けたら急に……。」

泣きそうなスタッフさんを宥めて、他のスタッフさんを見上げる。電話、救急車、と集まってきたビルの警備員さんも全員動揺していた。……俺だって驚いてる!なんで撮影現場にいるのかって。でも、それよりも、

「僕掛けます」
「あっ…」

おぼつかない手のスタッフさんから携帯を取ると、119を押し…

「!「道枝さん。すみません」

その手は、何処からかやってきた男性に止められる。反射的に振り返ると、……見たことのある顔だった。

「え……、なんで…」
「この方知り合いなので、連れて帰ります」
「ちょ…でも
「貧血だと思うので心配なさらないでください。失礼します」

そう言って彼女を横抱きにして、颯爽と去っていった。…突然過ぎて何が何だか分からない。今会ったことが幻だったかのような、一瞬の出来事だった。けど、なんで……

「……道枝さん、」
「、はい」
「今の方…お知り合いですか?」

介抱していたスタッフさんがあ然としながら聞いてきた。いや、知っているといえば知っている。けど、あんまり話したことはなかった。だって、今の人は……

「……はい。だから、大丈夫だと思います…。」

大吾くんのマネージャーさんだったから。

「そう、ですか。ならいいんですけど…。」
「……」
「…あ」

戸惑う俺をよそに、スタッフさんが何かに気付いたのか視界から消えた。どうやら何か拾っていたようだ。それを、遠慮がちに俺を差し出した。

「………これ、」
「…!」


嵐の前触れ/2022.8.17
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