嫌な夢を見た。職場であの頃のスタッフさんに会って、現状を根掘り葉掘り聞かれる夢。答えない私にお構いなく問う姿はまるで悪魔のようだった。呼吸がしずらくなって、ハッと目を覚ます。 「………っは、……」 「おー、やっと起きたか」 「……え」 声のする方に視線を向けると、ベッドを背もたれにして座っていた大吾くんがこちらに振り向いたところだった。驚いて起きようとすると、彼に肩を押し返されて寝かされる。…ここ何処だ。 「はいはい、急に起きない。また倒れたらどうすんの」 「………倒、れた?」 「そうやで。覚えてへん?」 「……」 …あの夢は、夢じゃなかった。職場で以前のADさんに会って、それで……。ゆっくり起き上がると、心音が重たく響いた。急に寒くなって、息がしにくい。や、ばい。…過呼吸、。焦るほどに息が出来ない私に、大吾くんが軽く抱き締めてくれる。 「名前、大丈夫。俺がおるからな、よく頑張った」 「………、っは、……っ」 「息しようと無理したらあかんよ。いざとなったら俺が人工呼吸したるから」 「そ……、れはイヤやな」 否定早いな!とつっこまれながら背中をさすられると、なんだか面白くなってきて笑ってしまった。…人がしんどい時に何言ってんだこの人は。最高か。 「でも治ったやろ?」 「……まあ、…うん。ありがとう」 「手の掛かる子やな、よしよし」 頭を撫でられると、自然と身が引く。また避けられた!と笑いながら離れていく大吾くんは本当にお兄ちゃんのようだ。…死んでも言わないけど。辺りを見渡すと、どうやらここは大吾くんの家らしい。何度か見たことのある景色だった。 「…ここ、大吾くん家やね」 「そう。倒れたあなたをマネージャーに救出してもらって、連れて来た。」 「あっ、そうなん。…えっ待って」 色々疑問点が多すぎる。なんで、職場で倒れたことを大吾くんが知っているのか。それに助けてくれたのが大吾くんじゃなくて何でマネージャーさん…?を聞くのが面倒臭くて、表情で語ってみる。 「アハハ!それ顔で訴えてんの?」 「…大吾くんなら伝わるかと思って。」 「、ほんまにもー。俺じゃなかったら分からんからやんなよ。」 頷くと、大吾くんはベッドの淵に座る。私は早くここから出たいのだが、身体がまだ動くことを拒んでいる。…ので、家主のベッドを占領。まあこの人なら許してくれるだろう。 「俺名前と電話しとったやろ?あん時もう職場の近くおってん」 「……あ、そうなん」 「そ。で、急に声聞こえへんくなるわ周りから倒れたやら救急車やら聞こえたから、マネ向かわせた」 「……マネさん」 「そう。俺が行ったら騒ぎになるやろ?そういうの嫌いやん、名前」 ごもっともです…。と呟くと、小さく笑いながら大吾くんは席を立つ。リビングの方に歩いて、鍋で何かを火に掛けていた。 「…まだ幻聴続いてんねんな。」 「………。」 「治ったって…なんで嘘言うねん」 そう、大吾くんには治ったと嘘をついていた。だって過保護のごとく心配がすごいから。放っとけば治ると言う私に、病院に行けとしつこくて。何度喧嘩したことか…。だから悪いとは思ったが、ついてしまった嘘だった。 こちらにマグカップと一緒に戻ってくる。差し出されたのは…私の好きなホットミルクだった。 「ほら」 「…ありがとう」 「飲んだらもう一眠りし」 「さすがに悪いし帰る…」 何時か聞けば、0時過ぎだと言われる。いや絶対帰る。と宣言して、ホットミルクを飲んだ。大吾くんが作ってくれるものは、格別に美味しい。…良い牛乳使ってんのかな。 「送るわ」 「いや同じマンション。」 「アハハ。せやな」 ご馳走様をして玄関でそんな会話。ふと、携帯の存在を思い出して鞄を探る。……あれ?ない。 「どした?」 「いや、携帯…」 「え?無いん?」 「うん。ポケットにも…」 「部屋見てくるわ」 そう言って廊下から消えた大吾くん。…もしかして倒れた時、落としてそのまま…とかそんなの無いよな。一番困るやつなんだけどな。部屋にあってくれと願うも、帰ってきた彼は首を振っている。最悪だ…。 「倒れた時に落としたんちゃう?」 「…多分。明日仕事行った時に探してみる」 「携帯が歩いて戻って来てくれたらなぁ〜。」 「脚生やしとくしかない」 「それ開発したら俺にも頂戴な。」 「どんな…。」 小さく笑いながら扉を開けて、外に出る。振り返ると、ん?と大吾くんがこちらを見ている。…この人にはお世話になり過ぎて本当、頭が上がらない。その気持ちのまま、頭を下げた。 「今日…も。ありがとう」 「やめてやめて、そういうんちゃうやん」 「……分かってるけど…」 「分かってんかい」 アハハ、と笑いながら頭を上げる。自然と微笑んで手を振ると振り返してくれて、立ち去ろうとした時。廊下の奥の方から、聞き覚えのある声が、した。 「………何してんの」 生えた脚/2022.8.18 |