後日、名前の家にあったあの人形にも盗聴器が仕込まれていたことが分かった。中にボイスレコーダーも仕込まれていて、再生するとあの日元カノあいつが名前に吐いた暴言がいくつも録音されていた。それは聞くに堪えないもので、俺でさえ目眩がした。

「名前ー…?」

盗聴されていたことその事実は、絶対言わない。そう心に決めて、病室を訪れた。名前は……意識が丸3日戻らなくて、一昨日やっと意識が回復した。俺とみっちーはすぐ駆けつけたが……

「……」
「お。起きてたんか。調子どう?」

目覚めてからずっと、こんな感じだ。何を言っても虚ろな表情で反応がない。生きる為に感情を失ったかのようだった。先生によると、大きなショックから完全に心を閉ざしてしまったのでは、と…。…アレを聞けば、仕方が無いと思えてしまう。

「今日な、メンバーでYouTube撮ってんやん。もう流星が可愛くてな…」

もう何度も何度も彼女に謝罪する俺を見かねてだろうが、先生が話をする方がいいと助言してくれた。だから、みっちーと俺は出来るだけ話しをしに来ている。名前の感情を取り戻すには、人間は酷いやつばかりではないと伝えることがいい気がして。ガチャ、と扉が開く音がして振り返る。

「お。みっちー」
「大吾くん。来てたんや」
「俺もさっき来たとこ」

時刻は面会時間ギリギリの20時前。俺たちは面会日を相談したことはない。でも大体のこの時間に会う。そう、互いに毎日顔を出してあれから一週間。

「名前、みっちー来てくれたでー」
「名前ちゃーん。昨日ぶり」
「…なんやろ、昨日ぶりって言葉変じゃない?」
「え?そう?普通やって。」
「たまにみっちーって日本語弱ない?」
「えっ嘘やん!どこがよ」
「いやなんかな、たまにあんのよ。ごく稀に」
「えぇー…まじ?結構本気で直したいねんけど」
「いや大丈夫、それですら可愛い。」
「そんなん要らんわ。」

アハハ、と話しながらみっちーが荷物を置いたところだった。少し病室の空気が変わった気がしたのは。名前に目を向けると、今まで何一つ表情を変えなかった彼女が、……泣いていた。

「え………」
「…名前、」
「………、…く、…………ない…」
「…えっ?」
「名前?、今なんて言うたん?」

息がいてるのを感じる。俺たちに反応してくれたのか、そうでないのかはもうどうでもいい。名前が感情を露わにしてくれた、それだけで十分だった。もらい泣きとはまた違う、何かが込み上げてくる中必死に問い掛けた。

彼女はぽろぽろ泣きながら、そんな俺たちに一生懸命、言葉を振り絞ってくれた。

「だい…、……くん…は、………わる…く……ない…、……」
「「…!」」

だからもらい泣きではない。名前が名前すぎて、……やさしすぎて。溢れた何かは止めることなどできなかった。抱き寄せた彼女は温かくて、余計泣けてしまった。

*

後日、元カノあいつ事務所うちの徹底攻撃(もはや脅し)に倒れ、芸能界引退と公式に発表されていた。その理由に綺麗な言葉を並べていたが、実際はクビだ。捕まらなかっただけ良いと思え、と思いながらそのネットニュースを閉じた。

次の現場までに空き時間が長いので、忘れ物を取りに一旦帰宅。この家も、あの日徹底調査の上撤去・鍵を新調してもらった。もちろん名前の家も同等だ。…それでも気持ち悪いから引っ越したいところだが、彼女がまだ居る、と言う可能性もあるので一旦保留。

「もう携帯忘れるとかおじいちゃんか俺は……。」

目的の物を取って、家を出る。向かう先は名前がいるホテルだ。……彼女は2日前に退院したものの、すぐに家に戻るのは酷だろうとホテルに居てもらっている。彼女自身もまだ完全復活したわけでないので、せめてちゃんと喋れるようになったらどうしたいか聞くつもりだ。

「15時かー…。甘いもんでも買って行くか。」

*

19時過ぎ。ノックをすると扉を開けてくれる名前ちゃん。一緒に食べよう、とシュークリームの箱を見せると笑って何かを指差していた。中に入らせてもらうと机にケーキの食べさしを見つけて、しくったと思った。

「大吾くん来てたん!?…やられた。」
「…でも、結構前」
「そうなん?こんなことなら焼き鳥とか買ってきたらよかったー」

小さく笑ってくれる名前ちゃんは、最近少しずつ話せるようになった。もうそれだけで神輿を担いで喜びたいぐらいだ。彼女は仕事を気にしていたが、職場先にはことの事情を話して長期の休みを貰っているので心配ないと伝えてある。荷物をその辺に置くと、シュークリームの箱の行方に戸惑う。

「…貰い、ます」
「あ、いいの?甘いもんばっかでしんどない?」
「別腹…!」
「アハハ。ならよかった」

それを渡すと、いつもの小さいソファに腰掛けた。名前ちゃんはお茶を入れてくれていて、いつも要らないと言うのだが聞いてくれないので今日は黙っておくことにした。

「夜ご飯は?食べたん?」
「シュークリーム、」
「えっ?嘘やろ。他は?ないん?」

驚く俺に微笑みながらお茶の入ったコップを差し出してくれる。お礼を言うと、名前ちゃんは隣に座って紙に何かを書き出した。…単語は話せるようになったのだが、まだ長文を話せるほどではないみたいで筆談が主流だ。書き終わった紙を見せてくれて、ふと笑ってしまう。

"大吾くんがケーキの他にもおにぎりとかおかずたくさん持ってきてくれたんです"
「え、めっちゃお母さんしてるやん。」

名前ちゃんは笑いながら、でも少し困ったような表情でまた何かを書いてくれている。

"大吾くんのせいじゃないのに、責任感が強すぎて、どうしたらいいですかね"
「名前ちゃん……」
"せめてちゃんと喋れるようになったら、まだマシなんだと思うんですけど"

そう書いて、ペンを止めた。…知ってるよ、ちゃんと喋れるようになろうと練習してること。でもどうしても上手くいかずに泣いてたことも。どう手を差し伸べていいか分からずに、ここに来るだけになってしまう自分が腹立たしくもあった。でも現状俺には、これしか…

「何か良い案があったらなぁ……」
「……。」
「……あ。あったかも。」
「え!」

キラキラした視線で見つめられて、思わず高鳴る鼓動。子どもみたいな反応をしてしまう自分に失笑しながらも、あのさ、と声を掛けた。

「たこ焼きパーティーせえへん?大吾くんちで!」


朝に乞う/2022.8.28
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