「俺のほんまの彼女になって。」

思わず抱き締めた彼女が震えた。動かない俺たちに、玄関の電気は光ることを止めた。リビングから漏れる光だけが、薄暗く照らす空間。密着した肌から心音が伝わっていたらと不安になる。シンクで垂れる水の音だけが、冷静さを保っているかのようだった。


*

「名前ちゃん」
「あっ西畑さん!ごめんなさい待ちました?」
「ぜーんぜん。てかほら、敬語。」
「あ…。」

ごめん、と申し訳なさそうに微笑む彼女に笑い返して歩き出す。あー。リスみたいでかわいい。と緩む頬は内心で留まっているはずだ。

彼女、名前ちゃんとは面白い出会い方だった。今日と同じ待ち合わせ場所で、俺は男友達を待っていた。声を掛けられて見上げると綺麗な女の子で、早い話ナンパだった。可愛いとは思ったが、約束もあったし断ったのだがいかんせんしつこい。困り果てた時に声を掛けてくれたのが、"彼女のフリ"をした名前ちゃんだった。

「……ありがとうございました、助かりました」
「いえいえ!出しゃばってないかってドキドキしました。」
「いや全然そんな……」
「よかったです。…あ、じゃあ私」

去ろうとする姿に、咄嗟に掴んだ彼女の腕。え?と振り返る姿に、なぜかこのまま終わりたくないと思ってしまった。…今思えば、一目惚れに近い何かだったのだと思う。

「ほんまに彼女のフリ…してくれませんか?」
「えっ?」


新種のナンパかよ、と友達につっこまれたことは記憶に新しい。でも彼女を口説き落として、偽のカップルを演じてもらえることになった。で、今に至る。

「今日は職場の方の結婚式…の、二次会で合ってた?」
「そうそう。ごめんな付き合わせて、」
「いやいや全然。モテ過ぎるのも大変だね」

こういうのを口実に引き受けてもらった彼女役。俺がモテ過ぎて困っている設定が自分でも有り得なさすぎて笑う。でもいい、どんな理由でも名前ちゃんが居てくれるなら。だって隣で控えめに微笑む姿はもう天使だ。それにパーティ用の服も相まって、可愛いが過ぎるのはあなたですと声を大にして言いたい。

「今日もよろしくお願いします、彼女さん。」
「こちらこそです、彼氏さん。」

このまま絶対に本物の彼女になってもらう。姑息でも何でもいい、名前ちゃんが好きで仕方ないのだ。そんな俺の企みを、これから皆さんにお披露目していこうと思う。


はちみつと策略/2022.8.27
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