「大吾くん戻ってくんの遅いねんて!」 ≪いやさ〜ちょっと酔ってたやんか?なんか良い気持ちでさぁ≫ ホテルにある荷物を詰めながら、スピーカーにした携帯からごめんごめん、と聞こえる大吾くんの声。あのパーティから二週間後の今日、気持ちの整理がついたのでやっと家に帰る。あれから結構復活して、もう普通に話せるようになった。何より、前より元気になったし口数も増えたと思う。大吾くん達にはホント、頭が上がらない。 そんな彼は多忙で、今日の電話があの日以来だ。だからこその…あのタコパ中の愚痴を投げつけている。 「知らんわ!てか道枝さん距離感バグってない!?どうなってんの!?」 ≪…へぇ?二人でイチャイチャしてたん?俺の部屋でぇ?え〜?≫ 「、そ……んなわけないやん」 ≪空気読んでもっと遅く帰ってこいよっていう電話ですか?これ≫ 「違います!!」 アハハと笑う声が響く。ちょっと腹立つけど、久しぶりに声を聞くと安心する。やっぱりどうしても、この人はお兄ちゃんだ。荷物を詰めた鞄を、閉める。パンパンになったそれを見て、結構な物で溢れていたんだなと実感した。…三週間ぐらい居たんだもんな。 ≪この二週間、会いに行けんくてごめんな。≫ 「え?なんで、謝らんとってよ。今、大吾くんにとって大事な時期やんか」 うーん…と渋る言葉に、まだ 「それ以上自分責めたらもう話さへんで。いいねんな。」 ≪どんな脅し方やねん。…ありがとうな≫ 「全然。それより仕事どう?座長大変?」 ≪あー、まあ大変やけど楽しいで。この前もさ……、…≫ 楽しそうに話してくれる大吾くんに、少しほっとした。彼は最近、連ドラの撮影が始まった。恋愛ドラマの鉄板、火曜22時枠の主演。ヒロインの方も有名な女優さんで、大きくなったなぁとしみじみ(誰)。だから忙しいのは喜ばしいことだ。 ≪でもそろそろほんまに会いたいわ。名前ちゃん不足〜≫ 「とか言っちゃって。そんななくせにー」 ≪あー。みっちーが会いに来てくれてるからって俺はもう用無しなん!?≫ 「待って待って…そんなこと一言も言ってない」 確かに。この二週間、大吾くんの分までと言わんばかりに道枝さんがよく来てくれた。ご飯やスイーツの差し入れしてくれたり、ちょっとしたゲームで遊んだり…。もちろん嬉しいし、有難いんだけど。距離感が難しい。実はこれが、今一番悩んでいることだったりする。 ≪今日も会えるもんなぁ?みっちーと≫ 「そ…うやけど、今日はなんか違うやん」 ≪…んま、そやな。≫ ちょっと雰囲気が落ちる。そう、今日は家に帰る日だ。一人で…と思ったが、道枝さんが断固として許してくれず、一緒に来てくれることになった。一ヶ月ぶりになるが、今でも思い返すと寒気がする。…でも、あの人形は大吾くん達が撤去しておいてくれたらしいし、鍵も替えてくれたと。 一番驚いたのは、大吾くんの執念だ。道枝さんから聞いた話だが、なぜ、あの人が私の家に入れたのか事務所総出で徹底的に調べてくれたらしい。そして管理人室の防犯カメラの映像にたどり着き、犯人は管理人さんだったことが判明。 ≪でも何があるか分からへんから、俺んち 「もー。それ何回目?気持ちは嬉しいけど、そこまで迷惑掛けられへんって」 ≪じゃあ何回も言うけど、俺迷惑やって思ってへ「あ、道枝さん来たかも」 ≪あ…そう。…なら切るわ≫ 「うんごめんね。また掛けてもいい?」 ≪もちろん!何が何でもすぐ折り返すわ≫ 「いえ、仕事優先してください。じゃあね、大吾くん」 ばいばい、と言い合って切った電話。大吾くんの言葉を遮ったのは、本当に道枝さんが来たというのもある。ノックが聞こえたから。でも、それ以外もある。…この人は、私に罪悪感を持ちすぎてる。責任感が強い、と言えばそうなのかもしれないが。あまり近くに居すぎると、私の存在が彼を傷付けてしまう気がして。 「名前ちゃん。入ってもいい?」 「道枝さん。もちろんです。」 そんな気持ちを引きずったまま、扉の向こうにいる彼を招き入れる。三年前より少し背が伸びた気がする、と思いつつ見上げたら外が寒かったらしく。顔がぐるぐる巻きのマフラーに埋もれていた。…かわいいな。 「荷物どう?纏めるの手伝う?」 「あ、いやもう纏めました!大丈夫です。」 「そっかそっか。じゃあ…どうする?」 時刻は19時過ぎ。ご飯の時間だが、あまり道枝さんの時間を取ってしまいたくない。ので、行きます。と伝えた。家に帰るのは正直怖いけど、そうとばかりは言ってられない。もし生理的に受け止められなかったら、引っ越せばいい。だから私は、確かめに行かなきゃ…いけない。 「よし。行こっか」 「はい。よろしくお願いします。」 しれっと荷物を奪ってくれる。道枝さんを荷物持ちにするなんて、世界一贅沢じゃなかろうか私。お礼を言って、自宅まで彼の車で移動した。知らない間に免許を取っていたらしい。会っていない三年の長さが身に染みた気がした。 * 「…大丈夫?俺が先に入ろうか?」 「いや、…私が。」 「…分かった。でも厳しそうやったら、いつでも言って」 自宅扉の前。ざわつく胸は多分恐怖から来ている。本当は道枝さんに先に行ってほしい、でもこれ以上甘えるわけにはいかなった。知らない誰かを傷付けて、またこうなってしまわない為にも。…結局は、一人で立ち向かうことだから。新調された鍵で解錠した。久しぶりだからか、扉が重い。 「……ただ、いま…」 部屋に踏み入る瞬間が一番怖かった。脳裏に浮かんだあの人のおかえりは、未だに震え上がる。部屋はもちろん誰もいなくて、電気も真っ暗。玄関の電気はセンサー式なので、そこだけは勝手に電気が付く。道枝さんもお邪魔します、と呟いて入って来てくれるも、やっぱり、身体があの恐怖を覚えている。立って居られずにしゃがみ込んだ。 「!、名前ちゃん」 「……ごめん、なさい。ちょっと、…」 「一回出よう」 そう言って私の腕を取ってくれるも、軽く振り払ってしまった。…縋り付きたい本音を、彼女の存在がブロックする。だって絶対によくない、こんなこと彼女さんが知ったらまた…!感情に連動するように首を振る。それを見てか、道枝さんもしゃがみ込んでくれる。 「…どした?しんどい?」 「……ちが、くて…」 「ん…?」 その優しさが、いたいんです。勘違いしてしまいそうで。そんな顔で、私をみないで。 掴めない/2022.8.31 |