小さい頃、近所に住んでるお姉さんが大好きだった。美人で、よく遊んでくれて、手作りのクッキーをいつもくれた。でも仕事をするようになって自然と離れてしまって、気付けば俺はもう20歳になった。

恋愛をする度に、あのお姉さんを思い出す。もう昔すぎて顔が思い出せない。でも綺麗だったことは覚えてる。でも今になって思うのは、憧れの人は憧れのままの方が、綺麗でいいってこと。


「すみません、先生ちょっと遅れてるみたいで…。」

次の映画のシーンで、慣れた手つきで料理をする場面がある。俺にとってはかなり頑張らないといけないわけで、見かねたマネージャーがその類いの先生にレッスンを頼んでくれた。その方は前の仕事が押してしまったようで…今に至る。

その先生の料理教室で、俺はフライパンの上に目玉焼きに似たおもちゃを置いて、ひっくり返す練習をしていた。

「全然大丈夫です。これ、結構難しいんで…」
「ですよね。僕も初めは苦労しました」

先生のアシスタントの方が、申し訳なさそうな顔で寄り添ってくれる。全然気にしてないんだけどな、と思いながらフライパンを手首で動かした時、扉が大きめに開く音がした。その音に視線がつられて、目を見開く。酷く動揺した心臓が叫んだ。

「遅れてすみません!お待たせしてしまって…!」
「えっ…………。えっ?、…名前さん……?」
「あっ覚えてくれてたんですか?……道枝さんが小さい頃、よく遊んでもらってましたよね」

忘れていたはずの顔が、靄が晴れたかのように鮮明に思い出す。憧れは憧れで置いておくべきだ、とずっと思っていたのに。俺の手の中で壊してみたい、そんな衝動に襲われる。そんな感情を必死に抑えて、平然を装う。

「めっ…ちゃ覚えてます。え、ビックリ…こんなことあるんですね。憧れのお姉さんだったんで……!」
「アハハ。ありがとう、嬉しいです。とりあえず練習しながら話します?」
「はい!うわーどうしよ。俺緊張し過ぎて何もできひんかも…。」
「大丈夫ですよ。私がしっかり教えさせていただきますので。」

ふんわり微笑んでくれる、この感じもあの頃と変わらない。こんな綺麗な人の顔を、よく忘れていたものだ。でも絶対、離さないと思った。離してなるものか。憧れを食べることが出来る、貴重な機会なのだから。


掴む/2022.8.2
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