蛇口から流れる水の音を聴きながら、一つの恋が終わったことを受け止められないでいた。お手洗いここを出たら、またあの席で丈くんとその彼女の前で談笑するなんて考えただけでも痛い。ノック音が聞こえて、ここに篭りすぎたことに気付く。頭を下げながら出ると、迷惑そうな顔で見られた。全力で私が悪い。

でも戻る気にもならなくて、お手洗い近くの廊下でしゃがみ込んだ。顔を伏せると、もう本当に酔っ払いの図過ぎるだろうなと失笑した。でも、もうどうでもいい。これ以上の痛みなんてないから。でもふと、隣に人の気配を感じた。

「しんどいの?」

少しだけその声の方に顔を向ける。同じくしゃがみ込んだお兄さんが首を傾げていた。どえらいイケメンだが、今はそれですら霞んで見える。

「別に、大丈夫です。」
「あー、じゃあ失恋?」
「……はい?」

デリカシー死んだんか?と思えるぐらいの質問に思わず悪態をつく。睨んだ視線が面白かったのか、少し笑いながら図星ね。と言われて腹立ち過ぎてここから去ろうと立ち上がると、しゃがんだままの彼に手を掴まれる。

「なんですか」
「戻るとこあるん?」
「………あなたに関係ないでしょ」
「そーよなぁ。じゃ、俺と抜けようや」
「、は…?」

私の話聞いてた?と思うよりも先に立ち上がったその人。私よりも背が高くて、顔も綺麗で、完璧なイケメン過ぎる。だからこそ、これも慣れたもんなのだろう。しれっと壁側に追い込まれて、彼の指が、私の耳に髪を掛ける。…全力でそんな雰囲気を、作って、きている。

「、やめ「今日だけ俺、好きになって」
「……何、言って」
「そしたら俺も全力でお姉さんのこと好きになってあげる、」

そのまま近付いてくる彼に慌てるも、色々投げやりになった私に、この人の顔と雰囲気を受け流すほどの余力はなかった。唇を掠めたのは一瞬で、すぐに鼻と鼻がつくぐらいの距離。視線を合わせるよりも先に、ざらつく声が私の耳を掠めた。

「…行こ」

引かれる腕を振り解く術は、今だけ忘れることにした。その後ろ姿を見つめる目に、気付かないままで。


リツイート/2023.1.5
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