玄関を照らす光は、まるでスポットライトのようだ。昔はあれだけ可愛いと思っていた道枝さんが、もうこんなにも頼りがいがあって格好良い。そんな彼の眩しさと優しさが相まって、私を少しずつ寝食していく。でも、その手は掴めない。でも、どうしても寄り掛かってしまいたい。…伸ばしかけた右手を、ギュッと握りしめた。 「……本当は、怖い…です。」 「…うん」 「家も、仕事も、…あの幻聴に襲われそうで」 「……うん、」 足下に伏せた視線のまま、吐き出すように呟く。背中をさすってくれる手が、それを余計助長する。止めなければいけない接触までも、促してくれるように。 「感情が戻ってきた分…過敏になってしまって、」 「……、そっか…」 「今まで…酷い態度を取ってごめんなさい。こんなに優しくしてくれてるのに…」 本音までも流れてしまう。背中を撫でてくれていた手が、止まる。それにつられるように視線をあげると、小さく微笑んでいる道枝さんがいた。 「そんなん気にしてへんよ。俺やって…前、急に抱き締めたりしてごめん」 「、あ……」 「………イヤや。」 「もう"名前ちゃん"って、呼んだらあかんの…?」 脳裏に浮かんだのは、あの事件前。エレベーターから出てきて後ろから抱き締められた時のこと。その時、本当にクソ野郎だと思っていたなぁ、と失笑が漏れる。 「ど…した?」 「…いえ。あの時は本当に、悪い奴だと思ってました。」 「えっ…。悪い奴って…」 「だって彼女いましたよね?なのに、他人抱き締めるなんて…って。」 あー…。と視線が迷子になる道枝さんに、やっぱり、と確信を得てしまった。数ヶ月前にエレベーターから一緒に降りてきた彼女は、そうだったのだと。胸が裂かれるような感情が降ってきて、それはもう今から手を引いても遅い、と言われているような気がした。 「……だから。これ以上私に優しくしないでください。彼女さんが悲しみます」 「あ、いやそれは違うくて」 「…?」 「あの後、彼女とは別れました。」 「、え…」 「病院に付き添ったりしてた時には、もうおらんくて」 だから今もおらんくて、えっと、…と必死に弁解する姿が愛くるしい。そして心の底から安心した自分に、もう嘘はつけなかった。目を逸らしてきた本音が、生き生きと主張し始めている。なぜか溢れそうになる涙を堪えて、アタフタする道枝さんの頭を撫でた。 「!え、」 「もう分かりました。落ち着いてください。」 「、名前ちゃん…」 「そんなに焦らなくても、大丈夫で…」 す。と、言葉を繋げる前に撫でていた手をやさしく取られる。真っ直ぐ見つめられる視線に、捕まった私は逸らすことができなくて、思わず息を呑む。緊張が形になって口から出てきそうだ。 「やから、もっと頼ってほしくて」 「……あ、はい…、」 「やっぱりまだ不安とかあると思うし、…それが無くなるまで、俺と一緒に住みませんか?」 「あ、はい………、えっ?」 圧倒されて頷いていたが、遅れること数秒。脳裏で反復される彼の言葉。俺と一緒に住みま…、えっ!?なんて驚きの声がつい漏れてしまう。な…に言ってんだろうこの人。え、一緒に住む?大吾くんならまだしも、道枝さんと…!? 「い……やいやいやいや!何言ってるんですか、え…え、冗談ですよね?」 「さすがに冗談でこんなこと言わんよ」 「で…すよね。ごめんなさい。…でも!さすがにそれは申し訳ないので」 「、同じマンションやんか」 「いやそうですけど…」 「あ。俺の部屋があれやったらここで一緒に」 「そういうんじゃなくて!道枝さんと一緒は…あの…、えっと」 「……俺のこと嫌い?」 だからそういうんじゃなくて!と迷惑を掛けるだ、仕事に支障をきたしてしまうだとか言い訳を並べている間、少しずつ迫ってきている道枝さんに気付く。でもその時には遅くて、思いっきり壁際に背中くっついてました。顔の横に添えられた彼の手と、あと10センチほどの距離に余計パニックになる。きょ…距離感バグってるから!! 「名前ちゃんのこと心配やから、一緒におらして欲しい」 「お…おらしてほしいって……」 「あかんかったら俺のこと突き飛ばして。」 「え、…えぇー………。」 いや急なる積極性どうしたんですか!!リミッターバグった!?突き飛ばすなんてそんなん無理やし、でもこのままやったらキスしそうな距離感やし、……あぁもう!なんて出た苦肉の策が、私の顔を自分の手で隠すことでした。伏せた視線からでも、ちょっと困ったような道枝さんの表情が窺える。 「…それどういう返事?」 「へ…返事と言いますか……、きゅ、急過ぎて…」 「あー…だよね。ごめん急に」 なんて聞こえたので、離れてくれるのかと思いきや。指の隙間から見える彼の顔が、近付いた気がして咄嗟に目を瞑る。その一瞬、顔を隠した手の甲に柔らかい何かが当たった。それが道枝さんの唇と知るまで、数秒。て、手のひらごしにキスされた…!心臓の中で声にならない声が叫ぶ中、アハハと笑いながら離れてくれた道枝さん。 「すごい顔してる。」 「……だっ誰のせいだと」 「アハハ。誰やろ。」 不意打ちにも程がある、と思いながら満面の笑みの道枝さんを玄関から追い出した。話の流れ的に可笑し過ぎるから!!と扉の前でしゃがみ込むと、向こう側でコツンと音が聞こえる。多分まだ、彼がいるのだろう。…それですら心臓に悪い。 「…もー…。何なん……。」 大量の情報が衝撃すぎて、処理しきれない。もちろん自分の感情も付いていけてなくて、整理する時間が欲しい。そして不意に気付く。……私、今恐怖とかどこかいってた。 してやられた/2022.9.7 |