「…なんか一つぐらい持てや」
「乙女、傷心中につき却下。」

9月下旬。夏を終わらそうと花火セットを持って押し掛けてきた名前と、海辺沿いを歩く。結局、その一式を持つ俺はわざと呆れた表情になる。あれから10日、連絡が無くて溜息が増えていたところだった。…でももう、あいつを思うなら離れるべきなんじゃないかと。なのに20時、急な突撃訪問を食らってやはり嬉しく思ってしまった。隣を歩く彼女は、夜空に照らされて妙に儚げだ。

「アホか!こっち向けんなって!」
「なんでよ!花火って攻撃するもんやん!」
「ハァ!?そもそもが間違ってるやろ!」
「謙杜にはそうだ。」
「なんでやねんて!」

綺麗だと思っていたのは幻か。花火を向けて走ってくる名前(微笑みの鬼)と、必死に逃げる俺。でもまぁ、なんか青春みたいで無しではない。たまに火が背中を燃やしてくるぐらい。

「うん!線香花火しよう」
「えっ途中で?」
「えーねん。したい気分なのー。」

それに飽きたのか、シメでやるはずの線香花火を渡してくる。気分屋がすごい。それでも受け取ってしまう俺は、いつかこいつを好きで無くなれるのだろうか。

「謙杜はさ、なんで彼女作らんの?」
「…なんやねんいきなり」
「あ、男の子が好きとか?」
「お前と一緒にすんな」
「んあ?失礼なっ。」

急に飛んできた話題に、挙動不審さが失言に繋がる。そういう名前を否定したいわけじゃない。でも気にしていない様子だったので、空気感で謝罪を述べた。言葉にするほうが、刃になりそうだったから。バチバチ、線香花火が火花を増す。

「謙杜って腹立つけどモテるからさ…。」
「いちいち鼻につくな、お前は…」
「女の子に興味ないんかなと」
「アホか。あるわ」
「えっ!そうなん。真面目に男の子が好きなんやって思ってたゴメン」

エヘヘ〜。と申し訳なさそうに笑う名前は、今にも落ちそうな線香花火の光に照らされて儚げだ。消えてしまいそうで、でも手に入らなくて、それでも近くに居てくれるお前が好きだ、なんて言ったら困るのだろうか。

静かに、線香花火の火が落ちた。

「青春終わった感。」
「……」
「…?謙杜拗ねてる?」
「、あのさ」
「ん?」

自分の線香花火を落とすまいと、視線は俺に向かない適当な返事。もう我慢が溢れて勝手に届いてしまいそうだ。愛おしいなんて、この歳で自覚できる相手が目の前にいる奇跡。知り尽くしたこの感情は、俺だけじゃもう留められない。困らせたいわけじゃない、でも困ってほしい。

「……好き、とか言ったら困る?」


未来まで超越/2022.10.6
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