あれから数ヶ月後……季節は冬の終わりを告げ出す3月上旬。だが、寒さに弱い私にはまだまだ冬である。彼、駿くんとも相変わらずだが…ひとつ変わったことがある。 「……ちゃん、…名前ちゃん起きて」 「………ん〜……。」 「コタツで寝たら風邪引くって」 「、うん…」 待て待て寝んな、と身体を揺らされる。ぼんやり目を開けると霞んだ視界の中にいつもの姿が見えた。……そう、駿くんとこの数ヶ月間ほぼ一緒に住んでいたりする。きっかけは私の家の合鍵も彼に渡したことから、しれーっと毎晩こちらに帰ってくるようになってしまった。 「ベッド行こ。な?」 「〜〜…、寒い…」 「もう夜中の1時やで。ずっとここで寝んの?」 それは…と眉間に皺を寄せて考えるも、寒さに負けて首を縦に振る。も〜、と呆れた声が聞こえてくるので勝ったと思った。これはいつものことであり、両手をちょこっと伸ばすと駿くんの首元に巻きつける。するとそのままコタツから出され、お姫様抱っこをして貰える。イコール、そのまま寝室に連れて行ってくれるということだ。 「駿くんあったかい…。好き…」 「……はいはい。はよ寝てください。」 「エヘヘ…」 ベッドに寝転ぶと、布団を掛けてくれる駿くん。本当にコタツで寝落ちることもあるが、半分はこれ目当てだったりする。もちろん口が裂けても言わない。だって彼は現在、絶賛ドラマ撮影中で忙しいからだ。あんまり迷惑は掛けたくないが、少し構ってほしい気持ちから生まれたコタツ寝落ち作戦。 「おやすみ、名前ちゃん」 「……ん、おやすみ。」 頭を撫でられて、その気配が消える。今日はまだ寝ないようだ。このまま一緒に寝てくれる時もあれば、お風呂に行ったり別部屋で台本を読み覚えたりと様々だ。さっき夜中の1時って言ってたけど、駿くん最近全然寝てないよな…。仕事で仕方がないと分かっていても、やはり心配だ。でも私には何も出来なくて虚しくなる。紛らわせるかのように、意識を飛ばした。 * 「最近特に忙しそうやね、あなたの旦那。」 「……もう長らく起きてる時に会ってない。」 「主演様は罪作りやねぇ…。」 ハァ、と溜息を付くとリビングからホットミルクを持った大吾くんがこちらにやってくる。今日は、大吾くん主演のドラマの最終回を一緒に観よう会だ。駿くんももちろん誘ったが、ドラマ撮影でそれでどころではなかった。もちろん彼の了承を得て、大吾くんちに来ている。 「寂しい?」 「…そりゃあそうだけど…。どれだけ大変かってのは、なんとなく分かるから」 「あー逆に言いにくいんか。」 「そうねぇ…。それになんか、私なんかが彼女で良いのか分かんなくて」 「え?なんで」 キョトンとした大吾くんの表情に、目を伏せる。だってさ、年上だし元芸能人っていう微妙な一般人で、支えるどころか支えてもらっているばかりで…お荷物でしかない。と最近よく思うモヤモヤが思考を奪う。それが、表情に出てしまっていたようだ。 「なんかしょーもないこと思ってそうやな。」 「……またまあ辛辣なお言葉で……。」 「まぁ、そのまま言うてみたら?」 「…」 「あいつやったら絶対、そのまま受け止めてくれると思うで。」 どこからその自信湧いてくんねん。と、思いながらホットミルクを口にする。やっぱりそれは美味しくて、大吾くんのドラマにより魅入れた気がした。 * 「……ん、…」 ゆさゆさ揺れる音と、心地よい体温で薄ら目が覚める。あれ…私大吾くんちでドラマ見て…眠くなって寝ちゃって…それで…… 「えっ!?」 「わっビックリした。起きたん?」 え……、とぼんやり覚醒した目で見上げるとそこには駿くんがいて。横抱きされて運ばれているらしい。彼の背景は自宅の廊下で、何となくここまでの経緯が読み取れた気がした。 「あ………、ごめんね忙しい時に」 「全然。俺も一緒に大吾くんのドラマ観たかったなぁ。良かった?」 「めっちゃ良かったよ。録画してるからまた時間ある時に観よ。」 「マジ?やった。さすが名前ちゃんやな」 このまま寝室に連れて行ってくれると思っていたが、矛先が違うことになんとなく気付く。…リビング? 「…駿くん?」 「明日、休みやったやんな?仕事」 「え、あ…うん。そやけど…」 「じゃあちょっと話そ。」 そう言って降ろされたのはリビングのソファ。横並びに座った駿くんに、向かい合わせになるように体制を変えられる。そこで気付いた、…久しぶりに駿くんを真正面から見たことを。彼の髪が茶髪になっていて、なんだか知らない人みたいだ。 「茶髪…いつ染めたん?」 「1ヶ月ぐらい前かな。役作りで」 「えっそんなに前!?…いつも意識ぼやぼやしてた時にしか見てなかったから…」 「朝は早いし、夜も遅いしな。」 ごめんな、と苦笑いする駿くん。そんなことを言わせたかったんじゃないのに。裏目裏目に出てしまう自分の言動に嫌気が差す。違くて、と呟くと同時に引き寄せられる。後頭部に彼の手が回って、優しく撫でてくれた。 「………ごめん。でも…、名前ちゃんにはこれからも彼女で居て欲しい。」 「え……」 なんで、の言葉が詰まる。でもすぐに勘付いた、きっと大吾くんの仕業だってこと。言葉にするのが苦手な私をよく知っている彼ならやりかねない。その優しさと、その言葉を言えない私を責めずに自分の思いを伝えてくれる駿くんと……。私はいつも、贅沢すぎる想いに囲まれている。 なのに、そんな自分だけが不甲斐なくて似合わない。ここに居て良い存在でないと、痛感してしまう。彼女として、何も支えられていない。むしろ逆だ。駿くんはこんなにも忙しいのに、私に気を遣わせてばかりで。 「……私、何にも出来てない……。」 「そんなことない。側に居てくれるだけで、…いや、居させてもらえるだけで……充分。」 「そんなん…!そんなん、私の方が!「名前ちゃん。見て欲しいもんあって」 「えっ…?」 引き寄せられていた腕を離して目が合う。少し溢れそうだった涙に気付かれて、下げた眉で笑って指で拭ってくれる。そして、取り出した携帯のカバーを外して、中から半分に折られた紙を取って渡してきた。 「……?」 「それ、俺の一番大事なものやねん。」 「…見て良いん?」 「うん。もちろん。」 少しくたびれていたその紙。不思議そうに開くと、思わず目を見開く。後から自然と声が漏れた。拭ってもらってばかりの頬を簡単に濡らしてしまったけど、でもこんなの……こんなの仕方ないに決まってる。そこに書かれていたのは、他の誰でもない私の字で…… "最後にもう一度会いたい" 「これっ……、 「そ。宝物にする、…って言うたやろ?」 その屈託のない笑顔に、泣かない選択肢など無かった。なんなん〜〜〜と泣きじゃくる私に、アハハと笑う駿くんが、ただ愛おしくて。私じゃないと駄目なんだと、言葉よりも伝わる方法だった。 いつだって、口に出せない私の分まで気持ちで埋めてくれる。こんな人、世界のどこを探してもいない。そんな人と同じ気持ちである奇跡に慣れずに、これからもずっと大切にして、私は私で言葉を与えられる人になりたいと心底思った。 変わらないもの/2022.12.29 |