経理部の日常とは。……ひたすらに経費精算の日々、というわけではない。経費・給与・税金…とこの会社は大まかに担当が分けられている。一番面倒そうな経費担当になりたくない、と願ったあの頃はいつだったのだろう。

「名前ー、これ……」
「出たな丈一郎。」
「いや待って待って。厄介者来たみたいなテンションやめてや」
「その感じで来る時そうでしょうよ。…で?」
「……あのさ、これ……(経費)無理?」
「何にご使用で?」
「取引先との会食代「として、って領収証に書いてもらってたらセーフでした。残念。」
「えぇマジか。頼むってまあまあな額やんこれ…。俺の財布死ぬて……」
「2200円て書いて「大金やろ!!」

泣きの演技で必死に訴えてくる彼、藤原丈一郎。年上にはなるが、営業部の3年目で中途入社の彼とは部署は違えど同期にあたる。同期間でよく飲みに行く仲だが、最近は何となく二人のことも増えてきた。でも何があるわけでもなく、ただの仲良すぎる同期。なのでグレーな領収証も蹴飛ばせちゃう。

「ま、次からは気を付けてね。」
「……え?てことは」
「今回だけだぞー」
「神様仏様名前様…!!」
「それで今度奢ってよね。それでよし。」
「…いやそれ絶対俺マイナスやん。お前めちゃくちゃ飲むやんけ!」

えー?とニコニコ微笑むと軽く肩を叩かれる。私はこの関係性が死ぬほど好きだ。いつ奢って貰おっかなーと卓上カレンダーを捲っていると、その後ろからひょっこり現れたのはほっぺたトゥルトゥルのお餅くん。

「名前さーん!丈くんより僕構ってくださいよー」
「長尾くん!今日も可愛いなあ〜おいでおいで」
「おいおい俺と随分対応ちゃうやんけ」

後ろからタタタッと走ってくる長尾くん。今期の営業部の新入社員だ。丈くんの直属の後輩で、仕事も結構テキパキこなすし、更に愛嬌も良い。それは社内に限らずのようで、取引先にも評判が良い。さすが丈くんが可愛がるだけはある。私なんかはもちろん、全力で貢ぎ…いや、可愛い可愛いさせて貰っている。

「丈くんは本当どうでも良いんだごめん。経費付けとくから去れ。」
「うわっ冷た…!何このゴミを見送るような冷たい目線…!」
「名前さん今日ランチ行きません?給料入ったんで奢らせてください!」
「うわっ……キラキラ眩しっ……!可愛い絶対行く」
「謙杜、俺も「丈くんはすんません。今度で」
「はっや……!こんな秒速で断られる先輩おる?」

そう半笑いで言う丈くんを無視して、ランチどこ行くか話し出す私達に、いやいや俺も混ぜろや。と本格的に突っ込んできたのが面白くて長尾くんと共に大爆笑。こんなコントみたいなことを懲りずに毎日やっては、楽しい会社で幸せを感じてる。うるさい同期と、可愛い後輩。もう何も言うことはないと思う。

*

「名前、今日の夜時間ある?」

三人でランチ後、コーヒーを買いに行った長尾くんを待っている間に丈くんがふと問い掛けてきた。特に用事もないので頷く。

「じゃあいつものとこで。」
「あっ2200円分?」
「ちゃうわ!…あーまぁそれでもええか」
「わーいたらふく飲んでやろーっと」
「お前のたらふく怖いねんて……。」

トホホ感満載の丈くんを慰めるように肩を組んで頷いていると、缶コーヒーを三つ買ってきた長尾くんが帰ってくる。ランチ代を奢らせるわけもなく丈くんが払ったので、せめて…!と買ってきてくれたのだ。とても可愛い。

「えっ丈くん羨ましいんすけど!名前さん俺も!」
「あーはいはいやるやる。逆にこいつ持ってってくれ。」
「いやん丈くん。さよなら!」
「名前さーん!こっちでーす!」
「アホやなこいつら…。」

長尾くんが両手を広げて待っている間に飛び込もうと掛け出すも、すぐに首根っこを掴まれて前に進めなくなる。振り向くとその犯人はもちろん、

「あー!丈くん邪魔しないでくださいよー!」
「…これ以上醜態を晒すわけにはいかん。自粛や。」
「なんだと!?長尾くんと私の仲を邪魔するなー!」
「そうだそうだー!!」

そんなバカやってる日常が大好きで、この関係性を一生愛でていきたいと、本気で思っていたのに。



「…………、……」

頭痛が酷い。目を開ける前にそれが襲ってくる。無駄に枕が固くて頭痛を助長するようだった。枕の配置を変えようと手を伸ばすと、そこに枕はない。触れたのは少し生温かい何か。

「…ん………?」

その体温で気付いた、これは人肌だということに。そして無理矢理目を覚ますと、先程まで丈くんと飲んでいたいつもの居酒屋ではない。カーテンから漏れる陽が、視線の先が天井であることを教えてくれた。でもそれは見知ったものではなくて、一瞬で意識がハッキリとする。……嫌な予感だけが私を襲う。

人の気配がする左隣に、イヤに高鳴る心音を抑えながら視線を向ける。……頼む、そうでないと……そうでないと言っ……、

「…………!」

生温かい枕の正体は、半裸の丈くんだった。


階段を踏み外すオト/2022.12.31
back