「ねぇー。本っっ当納得出来ないんですけど。なんで丈くん?」
「おいおい待て待て、謙杜?俺おんで?えっ?見えてない?」
「名前さんは僕のマイ天使だったのにー。」
「天使は丈一郎の元へ旅立ちました。バイバイ…。」
「やめてぇ〜〜。行かんとってぇ〜〜!」
「お前らなぁ…」

ガヤガヤと賑わう、いつもの居酒屋の一角。そんないつもの雰囲気のまま、丈くんと私の関係だけが変わった。隣に座る彼にやいやい言うのは長尾くんで、その隣で普通に爆笑しているのが道枝くん。この4人で飲みに行くのはなんだかんだ初めてだ。道枝くん抜きだったら何度かはあったのだが、違和感がないほどの馴染み感。これはきっと、

「みっちーもそう思うやろ?だってあの丈くんにやで?」
「まぁ…前世にどれだけ徳積んだんやろなって…」
「お前もかい!謙杜側はええ事無いぞみっちー。こっち戻って来なさい。」
「あ、じゃあ先に名前さんください。」
「どうぞってあげるもんちゃうわ。茶菓子か」
「名前さん!茶菓子扱いされてますよ!!現実見て!戻ってきて!!」
「長尾お茶煎れろ!俺が貰う!」
「アハハ!お腹痛い」

長尾くんの場を回す上手さに、愛嬌キャラが上手く合わさって本当にすごい。それにまた上手いこと道枝くんを巻き込んで、爆笑が止まらない。丈くんが怒ることなんて無いが、不快にさせないラインを守って笑いを生み出している。そりゃ社内外共に好かれるわけだ。

それに驚いたのが、長尾くんと道枝くんがこんなに仲が良いこと。確かに同期入社って特別なものがあるよね。そんな、二人で肩を組んで笑い合っている姿に、ふと数日前の光景が脳裏に浮かぶ。


「あの時は本当にすみませんでした。」
「道枝くん…。こちらこそ、ごめん。」
「いや!名前さんが謝ることなんて一つも無いです。…全部僕が勝手にしたことなんで」
「そんなこと…」
「でも、出来たら…これからも先輩後輩として仲良くしていただけたら嬉しいです。」
「そんなの当たり前じゃん!こちらこそお願いしたいところだったよ」
「あ、まじすか…。よかったー……。」
「そ、そんなに?私断りそうに見えた?」
「いやそんなことは無いんですけど!…本当長尾の言う通りでした」
「長尾くん?」
「はい。最近よく飲みに行ってて。名前さんのこと相談したら、"名前さんは絶対許してくれる!"って後押ししてくれて」
「そうなんだ…。仲良いんだね、二人。ビックリしちゃったよ。」
「あ、…えー…っと…」
「ん?どした?」
「実は……」



「もー、また!?とりあえずこれ飲んどけって」
「長尾のそうやってすぐ飲ますとこ!やめとけって!」
「えぇー。丈くんも同意見ですか?」
「そやけど今回は飲んどけ。」
「えっ!丈くんは僕の味方やったでしょ!」
「それはそれ。これはこれや。」
「アハハ!みっちー残念やったなぁ。」

何かをド忘れしたようで、怒られる道枝くん。に、とりあえず飲ます長尾くん。それを助長する丈くん。言っても、飲ませた量は4分の1ほど残っていたビールだ。三人の様子が面白くて、見ているだけでお酒が飲めちゃう不思議。道枝くんとも和解?したし、丈くんとは付き合うことが出来たし、こんな幸せで良いのだろうか。ビールを飲み干す。

「名前、あんま飲み過ぎんなよ」
「大丈夫だって。いつもそんな酔ってないじゃん。」
「アホか。思いっ切り酔っ払ってるやんけ。」
「そうですよ。名前さん結構ぐでんぐでんになってますから。」
「道枝くんまで!?……あっ以前は申し訳ございませんでした。」
「おいおい何してくれてんねん」
「丈くんそうやってすぐ彼氏ヅラすんの止めて貰って良いですかー」
「やから彼氏や!!」

長尾くんにそうつっこんだ後、すぐヤジが飛んでくる。…今のは完全に乗せられたな。でもそんなことでさえ嬉しくて、この雰囲気が楽しすぎて。喉を流れるビールが別格なぐらい美味しく感じてしまった。

*

「……っ、…はやく…」
「そんな急ぐなって…、…まだ愉しみたいやろ」
「…あ、……っ…むりだって、…」

その日の、深夜。乱れたベッドで男女が吐息を重ねている。少しアルコール臭のするそれですら媚薬のように。何度も何度も突いては果てて、繰り返すそれは中毒性のようだった。初めての行為ではない雰囲気で終わった後、二人してベッドに倒れ込んだ。

「ほんま……気持ちいい。さいこー」
「身体の相性抜群だもんね」
「でもこんな名前がエロいって会社の人誰も思ってへんやろなー」
「え?我慢できなくてすぐ強請っちゃう女だって?」
「そうそう。だってギャップあり過ぎやろ。あんだけ人当たり良くて出来る女しといて、夜はこれって。そりゃ丈くんもハマるわ」
「それ褒めてんの?」

そりゃそーやろ。と腕枕をしている手で私の頭を撫でる。少し頭を傾けて、愛らしい目が流れて私を写す。その横顔すら夜の光に照らされて妖しい。ギャップあり過ぎって、誰の話だ?

「みんな騙されて……可哀想やなぁ。」
「騙してないって。導いてるだけだって。」
「うわこっわ。どうせあの時丈くんとやったんも記憶あんねんやろ?」
「そりゃあねえ。そもそも記憶がないなんて一言も言ってないし。」
「アハハ!言葉遊び上手過ぎやって。策士過ぎ。」

ケラケラ笑う彼の首筋に唇を寄せる。白くて透き通った肌は、何度触れても飽きない繊細さ。若さの無敵さを痛感していると、隣にいたはずのその彼が私に跨っている。いつの間に?なんて顔はしない。

「お誘い上手やなぁ、うちの姫は…」
「謙杜が魅力的過ぎるから、つい。」
「へぇ?丈くん手に入れる為に散々俺使っといて?」
「そう?謙杜にとって悪い話じゃ無さそうに見えたけど?」
「……アハハ!参った。降参。」

そういって唇が身体中に落ちてくる。その頭を抱き締めて、熱に浮かれる身体が気持ちいい。その反動で反り腰になると、謙杜の顔がもっと下へ降りていく。

「……にしてもさ。丈くんてそんなにええ男か?全然分からんわ」
「………、…っ…それを、言うなら、誰かさんの幼なじみくんだってそうよ」
「…言うなって言うても先輩には口割ってまうもんか」
「私より、……謙杜の方がよっぽど捻くれてる」
「アハハ。まぁしゃーないやろ。欲しいんやから。手段選んでられへん」

そう言う謙杜が顔を上げる。お前もそれは分かるくせに、とでも言いたそうな顔で。そうして閉じられた目は、沈んだ奥底で混じり合って、ぼんやり滲んでいく。そしてそれに狙われた獲物は、知らず知らずの間に落ちていくのだ。罪悪感など一切存在しない、暗闇の中へ。


君の目と共に沈む/2023.1.12
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