見つめるだけでいい、なんて無理かもしれない……なんて。格好付けた自分、どこ行った?あの日以降劇的に何が変わることなんてなく、ほぼ以前と同じ日々を過ごしている。チキンな俺が早々簡単に変わるはずもない。これが現実だ。 唯一変わったことと言えば、あの授業の時のみ…名字さんと話せるようになったこと。もちろん舞い上がれるほどに嬉しいことだが、自分から動いたものではないそれに溜息が出る。いつだって、訪れる春だけを待っている。 そんな時に、違う季節が訪れてきた。 「はい!我が夜間1組は"制服DEわた飴"に決まりました〜〜!!」 盛り上がる教室の一角で、細まった目が開かない。なんやねん制服わた飴って。わざわざ制服着る意味あんのやろか。疑問が止まらないが決定事項らしいそれに異議を唱えられるほど、発言力もなく。 「はい、わた飴作る係が良い人ー?」 色々な役割が決まっている声が、遠くで聞こえる。今知ったのだが、この学校は正規組(普通の大学生)と一緒に学祭をやるらしい。夜間組はそういう行事してる暇あんのか。とか色々思うが、昼夜合同のイベントはこれだけなのでなかなか盛り上がるとか(ここでカップルがよく生まれるらしい)。 「後、会計係と呼び込み係と…事前に動かなきゃなのは手持ち看板制作ぐらい?受付は高橋くんで決まりだから…。他、やりたい人挙手で!」 てか夜間組は制作に取り組めるだけの時間など皆無だ。昼間は仕事か家事してる奴ばっかりじゃなかったっけか…と遠ざかっていた意識がぼんやり黒板を映す。大体、当日しか動かない係しか書かれていなかった。そりゃそうか、と思いながらどう当日サボろうかと考えていたところだった。 「看板制作どうしよっか?みんな仕事だし残れないの分かるんだけど……。そういえば名前は?絵上手かったよね?」 「!」 「いやいやいや!そんなに上手くないけど……。」 お、お願いに弱い名字さんに頼むなんてアイツ……!と、はっきりした意識が吠える。庇いたい気持ちでしかなかったが、ここで変に出しゃばると俺のせいで名字さんに迷惑が掛かるかもしれない(学生時代経験済み)。勝手に眉間に皺が寄るも、何も解決しないなんて分かってる。そんなアホなことをやっている間に、あの、俺の好きな声が聞こえてしまった。 「……うん!分かった。いいよ。でもクオリティ期待しないでね?」 「え」 「えーいいのー!?名前ありがとう!!これで係は全部決まったな。はーいみんな解散!」 思わず漏れた声があまりにも大きかった気がして、口を押さえる。周りを見るも…聞こえてなかったようだ。セーフ。いやいやいや!今はそんな話じゃなくて!名字さんが!昼の仕事があるのに制作を受けてしまったことについて、で!ぞろぞろと帰って行くクラスメイト達と、時計の針が21時50分を指している。名字さんの友達は申し訳なさそうに帰っていって、彼女は一人、ノートに何か書いている。 「……名字、さん」 「わっ!!高橋くん!ど、どうしたの!?」 その隣まで歩み寄ると、看板の絵だろうか。何かを書いていた紙を咄嗟に隠される。視線が泳ぐ名字さんの表情は新鮮で、彼女を見続ける学祭なら喜んで出れると思ったぐらい。 「看板制作って」 「あ、うん!!大丈夫!私の仕事そんなに忙しくないから!高橋くん明日仕事でしょ?気にせず行ってね」 また明日ね、を背中で聞く。本当は名字さんの前に座って俺も手伝いたい。…そんな陽キャラ人間を羨ましいと思ったのは今が初めてだ。そんなことは絶対に出来ない俺がクソ過ぎるけど、教室を出て駅まで歩く。時刻は22時過ぎ、…彼女はいつ帰るのだろう?危なくないか?あの可愛さだ、誰かに狙われてもおかしくない。…… 「あー……。」 やっぱり、俺も残ればよかった。激しい後悔とはこのことだ。溜息だけが夜に浮かんだ。 * 「……。」 最近、とてつもなく見られている……気が、する。放課後、というには遅すぎる22時前。授業が終わって、看板制作に取り組むところ。下書きを終えて、皆の賛成も得て、看板にする段階だ。友達たちは謝罪と共に去って空になった教室。なのに、…彼。高橋くんだけは、席を立たないでいた。熱烈な視線だけを寄越して。 「うーん…。」 最近よく残っているし、何なら見られているけど、何も言ってこない。初めは勉強してるんだろうなぁと思っていたけれど、ならばこの視線はどういうことだろう。首を傾げながら、教室の机を少し端に避けていた時だった。 「名字さん」 「えっ!あっはい!名字です!」 「て…」 「…て?」 「手伝わせて、ください。俺にも」 目が、まんまるになった。瞬きが高速になって、でも、高橋くんとやっと目が合った。…もしかして、それを言いたくて今までずっと残っていたのだろうか。え、そしたら不器用すぎるけど、でも…。夜間部イチの王子様ともてはやされる彼としては、ギャップが先行し過ぎてて。か…可愛いでしかない……! 「…名字さん?」 「あっごめんなさい!高橋くんが良かったら、是非お願いしたいです。」 「あ、よかった。です。とりあえず机退ける?」 「うん!ちょっと広げたいです。」 了解。と少し微笑んでいるその表情を、はじめて、見た。高橋くんは教室でもさほど誰とも喋っていないし、表情の変化を知らずとも整った顔だから周囲に騒がれていた。でも…、微笑んだだけでこの破壊力って…。咄嗟に顔を背ける。お…落ちるなよ私。高橋くんは競争率が高すぎるってもんじゃないから!必死に自分を納得させる。 「何すればいい?」 「えーと、まずはこの板をこのサイズに切って欲しい、です。…いける?」 「分かった。…え、てかこれ自分でするつもりやったん?」 「えっ…うん。?」 「いや女の子はノコギリとかあかんって。絶対男に任せて。」 分かった?と強めに言われて、選択肢は頷く一択しかなかった。待って、思ったより声高いとか、結構関西弁なんだなとか、女の子扱いしてくれるとことか、…え?心臓うるさいだけで済む?私大丈夫か?てか…高橋くんとこんな喋った人間、私が初じゃ…!?謎の破壊力で足がすくむ。 「!、どうしたん?」 「あ…いや…。高橋くんって結構関西弁なんだなって…」 「!ごめん馴れ馴れしかった」 「いやそういうんじゃなくて!あんまり喋ってるところ見たことなかったから…」 「あー…。そういえばそうかも」 近くに寄って心配してくれる姿とか、しれっと手を差し伸べてくれるとことか、…その手を掴んでみると、ちゃんと強い力で引き上げて、くれるとことか。 「名字さんが、初めて、…かも。こんなに喋るの」 「!そ…それは、ありがとう、ございます。?」 「あー…いや…、こちらこそ…です。」 少女漫画の王道展開過ぎて、付いていけない!!!胸キュン必須が過ぎる!!こりゃ外見に留まらず内面も王子様過ぎる!完璧過ぎない?え?抜けどこ?えー何これ大人になってこんな青春みたいなことある!?なんてもう脳内大パニック。そんな私を余所に、板をノコギリで切ってくれている高橋くんが見え…… 「………ん?高橋くんそれ…」 「え?なんか間違ってる?」 全然真っ直ぐ切れていない板が、悲しく泣いているようだった。あ、ちゃんと 2分後の快速急行/2023.1.27 |