その日から。高橋くんが授業後、看板制作を手伝ってくれるようになった。話すほどに彼はギャップの塊で面白くて、王子様とは全力でかけ離れていた。だって自分でイケメンとか言うし!なかなかのアホだし!でもそんな所は、私しか知らないと思うと優越感ひたひた。本当、人見知りなのに勇気振り絞って声掛けてくれたあの日に感謝。

「てかさ、"制服DEわた飴"ってまあまあダサない?」
「高橋くん!そのダサさが良い味出すんだよー。」
「そうなん?まあ売れたら何でもいいけど」
「んー、高橋くんが高校の制服着る!ってので夜間組大盛り上がりだし、大丈夫なんじゃない?」
「………はっ?」
「…えっ?」

22時過ぎ、ハケが落ちる音と共に高橋くんの声が響く。ペンキが飛び散って大惨事なのにも関わらず、ポケーっとしている彼は意識が宇宙へ飛んでいったかのよう。目の前で手を振っても視線が合わない。…どうやら知らなかったようです。項垂れた彼を宥め褒めること、10分。

「俺が制服ってだけで最強で最強か……。」
「…ん?う、うんそうだよ。最強だよ!!高橋くんが制服で居るだけでわた飴、飛ぶように売れるよ!!」
「……名字さんも見たい?」
「えっ」

ハケを手にしゃがんだ高橋くんが、首を傾げながら私を見上げている。な……なんていう破壊力……!イケメンの攻撃力の高さ…!無事、胸を打ち抜かれた私は何十回も頷きました。ほんとチョロい。そんな私の姿に満足したのか、満面の笑みでご納得の様子。

「アハハ!はよ色塗ろ」
「あ…はい喜んで。」
「後どれぐらいで終わるかなー、3日?」
「んー、頑張れば今日終わるんじゃない?」
「……いやもっと掛かるんちゃう?」
「え〜〜。頑張ろ!」
「そんな急いだらまたハケ落とすで。」
「それ高橋くんじゃん。」

笑いながら、落ちたハケで飛び散った色を拭き取る。でも乾いてない時にしたもので色が伸びて、あっしくった。と顔を見合わせて爆笑するまで、あと2秒。

*

「今日で終わんなかったねー。もうちょっとだったのになぁ」

帰り道、23時過ぎ。駅までの道を二人で歩くことに慣れてきた頃。名字さんは明日で終わるね!と微笑んでくれたが、俺的にはもう少し掛かってもよかったのに。と思ってしまう。この一週間がどれだけ楽しかったかなんて、…終わって欲しくなかったなんて。きっと彼女は知らない。

「この短期間で制作終わりそうなのも、全部高橋くんのおかげだね!私一人じゃ絶対無理だったよ。」
「いやいやいや…。むしろ俺、ハケで大惨事起こしてますから」
「アハハ!あの時の高橋くんの顔、面白かったなぁー。」
「いやぁ、制服着るとか初耳だったんで。」
「でも高橋くんなら絶対着こなしちゃうよね。」

そんな満面の笑みは、夜だっていうことを忘れるぐらい輝いている。マジで夜を味方に自然発光してる名字さんだけが大優勝。でもこの帰り道も、明日で終わりなんだと思うと足が重たい。駅まで後5分。

「、名字さんは当日何すんの?」
「えっとね、呼び込み。今作ってる看板持って!」
「あー…そうなんや。呼び込み…」
「?どうしたの」
「俺って受付…やったやんな?制服で」
「そうそう!高橋くんが我がクラスのセンターなので」

ニコニコ微笑む姿は可愛いでしかないが、名字さんは受付らしい俺とほぼ接点のない係のようで落胆。あー…俺何を目当てに頑張れば…。と、思うも脳裏に浮かんだ店名。もしかして

「!てかさ、名字さんも制服着んの?」
「あー……。どうだろうね……。」
「えっ着るやろ?呼び込みやったら絶対着なあかんもんな?な?」
「そう……だねぇ……。イヤだけど…」

はい俺テンション!!全て解決!!苦笑いの名字さんを余所に、一気に機嫌の直る俺。当日、ずっと一緒ってのは無理だろうけど一瞬ぐらいは見れるやろ!鼻歌でも歌ってますぐらいの陽気さに、照れたような乾いた笑みが飛んでくる。

「……そ、そんなに?」
「そりゃ!心から俺得やわ。ありがとう神様…!」
「アハハ。大げさだなぁ…」

そのことが俺にとってどのくらいの力になるか、なんて名字さんは絶対に知らない。こんなに一喜一憂させてくれるのは、これから先も後もこの人だけだ。なんて思っていると、前から走ってくる車の光に自分が車道側にいないことを知った。なんたる失態。彼女を寄せるように自然と立ち位置を変えた。

「…?」
「明日もよろしくな、名字さん。」
「…あ、………うん。こちらこそ、です。」

そんな俺の意図に気付いたのか、少し照れたような、ぎこちなさのすごい名字さん。あー…、可愛いを具体化してくれてありがとう神様。俺が男で名字さんが女の子で本当によかった神様ありがとう。彼女を守りたい、なんておこがましいけど、出来るなら、出来るならば…俺が。なんて、少し顔を赤くする名字さんに、期待してしまう。

「さ…寒いね。」
「そ…そうやな。」
「「……」」

もう4月で、そこまで寒くないこの季節。間合いを埋めるかのような彼女の言葉が、妙にくすぐったい。この絶妙なドキドキ感は、初心なそよ風がまるで春に乗って吹いてくるようだった。だから、そんな俺達を見つめる影に気付くはずもなかった。


初心を共有する/2023.2.22
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