「彼女いるんで。」

もう何度聞かれたか分からない質問に鬱陶しくなってしまって。隣を横切る名字さんの腕を掴んだ。え?と振り向く彼女と、俺の発言で焼け野原になった周辺は、一斉に俺の彼女・・・・へと視線が集中する。咄嗟に掴んだ腕を引き寄せた。

「わっ「この子に何もしないでね。大切な人だから」

3秒後、黄色…というよりも赤い?悲鳴が校庭に響き渡った。一生言わないであろうベッタベタな台詞を発した反動で、真っ赤な顔の自覚はある。少し俯いて、名字さんを連れ去るかのようにその場を去った。……やってしまった、と慌てふためく内心を出すまいと涼しい顔をして。

*

そうなることを知らない、7時間前の学祭当日(祝日)。朝9時の開園に向けて、各々が準備に取り掛かっていた。クラスの半分は人の目に当たる役割なので、店名通り制服を身に纏っている。受付…の俺も、その一人だ。このイベントに便乗してチラホラ話し掛けてくるクラスメイトでさえ、既に鬱陶しく感じてしまう。……俺今日大丈夫なんやろか……?

「あ、おはよー!みんな制服可愛いね!」

そんな俺の思考はいとも簡単に砕かれる。名字さんが制服で教室に入ってきたからだ。……紺のセーラー服の名字さん……えーと、マジで一生保護したい。目…いや、脳に入っても痛くないと断言できるな。現役が着るより何億倍も可愛い。俺今日頑張れるな余裕で。むしろ一ヵ月ぐらいいける。なんて見過ぎていたのか、目が合う。

「!」
「あ、高橋くん!おはよう。ブレザー似合うねぇ…!」
「いや俺は…」
「史上初、夜間組が正規組を押し退け売り上げナンバーワン!いけるね!」

セーラー服でにっこり微笑む名字さん、威力強すぎ問題。昨日まで普通に話せてたのに。あー…俺そろそろ死ぬかもしれない。尊すぎて召される気持ちとはまさに。ろくに返事もできないまま、気付けば………

「あのっ…わた飴2つください!」
「…はい。400円です。」
「やば………!格好良過ぎ……!すきです…」
「あー……どもっす。」

黄色い声が飛び回る喚き散る。人だかりなんてもんじゃない、列が長過ぎて別の場所で待ってもらっても追いつかないらしい。まだ午前10時過ぎで、溜息だけが漏れる。エネルギー源の名字さんの姿はもちろん見えない。俺も呼び込みが良かった……。これじゃまるで客寄せパンダだ。まぁ、イケメン過ぎる俺が悪いんだけど。

てか俺休憩あんのか。あわよくば名字さんと回れたら…なんて思っていたけど、そもそも論で。それをクラスの人に聞けば、12時ぐらいに少しなら…と言われて握った拳。

「えっと、その、…恭平くんに会いに京都から来ました!わた飴ください!」
「え京都から!?…ありがとうございます」
「あっヤバいイケメン過ぎる…!あっえっ…と、大好きです!」
「あー、うん。ありがとう。嬉しい」

そう言ってわた飴を渡すと、黄色い声と共に去って行く高校生ぐらいの女の子。…なんか俺アイドル化してへん?と思うも頑張れてしまう。し、希望がある(名字さんと学祭回るためだ)から対応もさっきよりマシだと思う。

「いらっしゃいませ。わた飴いくつ要りますか?」

名字さんの目標は俺の目標よな。目指せ売り上げナンバーワン!

*

「休憩行ってきまーす…」

やっと勝ち取った休憩。結局時間は押して押して、13時からとなった。私服に着替えることも考えたが、なんせ30分しかない。渋々制服のまま名字さんを捜索する。周りの目が気になる(もはや着いて来られてる)が、追い払う時間も無く。必死に探すあの姿が見えたのは、それから5分後だった。一緒に作ったあの看板を持って喋っていた、一際可愛いその姿。…相手が男なのが鼻につく。絡まれているのか微妙なところだ。

「名字さん」
「え?…高橋くん?」

声を掛けると、名字さんよりも彼女と話していた男性の方が驚いていた。俺を見る目がその辺の女子と同じに見える。…ナゼ?なんて思いつつ、彼女の手越しに持っていた看板を握る。

「え「休憩です。行こ」
「え?え、休憩?ちょ、高橋くん…!」

いい大人が制服着て、半ば無理矢理連れ去る感じとか。その背景が学祭だとか。周りが勝手にきゃあきゃあ言ってるとか。なんかもう色々と王道的展開。もし告白したら、この雰囲気に流されて頷いてくれたりするのだろうか。……なんて。

「高橋くん!」
「!あ、はい」

呼ばれてハッとした。謎に校舎内に入っていたらしい。慌てて振り向くと、頭の上にはてなマークを何個も飛ばしている名字さん。制服効果なのか、身長差から少し見上げてくる姿さえ凶器的だ。

「あ…ごめん急に。」
「いや、全然良いんだけど…どうしたの?」
「えー…よかったら一緒にまわらへん?」
「えっ」
「俺、今休憩中で。だから名字さんも、休憩で」

思わず出た言葉に、ちょっと強引すぎたか…?と思った。それが伝わったのか、アハハ!と笑っている名字さん。…とりあえず可愛いを500回ぐらい言いたいけど、言ってもいいだろうか。いや、うん言いたい。か…まで出た口は、逆に彼女に遮られる。

「私も休憩みたいなので、お供させていただきます!」
「アハハ!是非よろしくお願いします。」
「まず焼きそばが食べたいです。」
「お。いいねぇ。行こか」

正確には、名字さんは休憩ではない。それは互いに暗黙の了解だから、彼女はしれっと看板を掲げて歩いている。ある意味宣伝…みたいなものだ。俺は歩くだけで目を引くし、それでいい。だから、校庭を歩く俺らに視線が集中していても、ある意味彼女は仕事を全うしているのだ。

「あ、待って」
「どした?」

焼きそばの模擬店まであと数百メートル。でも目についたんだから仕方ない。

「寄り道しよっか。」
「え?…」

悲鳴だけが響き合う、怪しい場所へ。


青春とは密/2023.3.1
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