昼間に作られた暗闇。見知らぬ誰かの悲鳴に怯えながら、一歩前を歩く高橋くんの後ろで縮こまる。な、なんでお化け屋敷に連れて来られたの私…!後ろから何か聞こえた気がして、思わず彼の腕を掴む。

「…名字さん?」
「ご、ごめん高橋くん…掴ませて、ください。」
「あ…じゃあさ、」
「え」

繋がれた手から伝わる温もりが生々しくて、恐怖よりも心音が飛び跳ねる。驚いて見上げると、暗闇に慣れた目が薄っすら高橋くんを映した。控えめに微笑むその姿に、周りのお化け役の女子…のハートが撃ち抜かれた音がした。

「離さんから、しっかり着いてきて。」
「……あり……、ありがとう…、…」
「ん。」

倒れた女子の皆さま、息してますか?と同調を得たい。こちら呼吸の仕方忘れました。応答ください…。なんて、何かを誤魔化すように冗談を内心で漏らす。もう心臓雑巾絞りされてるぐらい胸キュンですとも。遅れてきた青春感が憎い…!そして出口まで離されることなかった手は、なぜか外に出ても変わらずで。

「すっっっごい怖かった……!!」
「アハハ!そんな名字さん見てるの楽しかったわー」
「もう!なんでこんな寄り道したの!!」
「うーん…。学祭といえば感があったから?」
「ねえ意味分かんない!」

外に置いていた看板を回収して、高橋くんと本来の目的である焼きそばを目指す。…でも、やっぱり、その。離れない手の意味を聞きたい。お化け屋敷用じゃなかったの?と喉まで出ている言葉。彼は何も気にしていない様子だけど、私より周囲の女子の目がもう……!地球滅んだぐらいの衝撃食らってると思う。そ…そろそろ居た堪れない。

「た…高橋くん」
「ん?」
「あの…、その……。手…」
「あ、ごめん嫌やった?」
「いや違うくて!その「高橋くん!」

間に割って入ってきた知らない女の子達。正規組の子だろう、若さが満ち溢れてる。なのに年上の夜間組が制服なんか着て恥ずかしい…!と俯いたとき。

「…その人、彼女さんですか…?」
「!」
「あ、いやその、彼女いないって噂で聞いてたんで!その「それって君に関係ある?」
「え…」

怯む女の子達に構いもしない。高橋くんが次に言いそうな言葉が、分かってしまう。思わず握っていた手をギュッと握った。大きな壁の向こうで、俺に構うなとでも言うような雰囲気…だったけれど。

「、あー……、…内緒、かな」
「えっ…」
「じゃ、これから焼きそば行くんで。」
「あっ高橋くん…!」

思っていた言葉と違って、まだ柔らかくて。いい意味で拍子抜けした気分だった。よかった、あの子たちが傷つく言葉を高橋くんが言わずに済んで。その後女の子達に呼び止められても、さすがに振り向きはしなかった。それぐらいは許されるはずだ。…繋がれた手は、そのままで。

「さすがにお腹空いたわ。めっちゃ美味そう」

左手が寂しくなったのは、やっと焼きそばにありつけた時だった。近くのベンチに二人して腰を下ろす。

「本当に!これを食べるために今日頑張ったんだよきっと…」
「それは言い過ぎやろ」

アハハ、と笑いながら大きな一口。もう14時前だからか、飢えたお腹が悦んでいる。美味しいねーと言い合うこの穏やかな空気が、一生続けばなぁ…と思っていた矢先。鬼の形相で走ってくるクラスメイト達に、高橋くんが何かを思い出した様子。

「あっ俺休憩13時半までやった。」
「えぇー……。」

*

強制回収された高橋くんを見送った後、焼きそばを完食。再度、看板を持って呼び込みに出ると…さっきの手繋ぎ事件が既に拡散されていたようで。女の子に声を掛けても、絶妙に無視される始末。男の子はわた飴なんて食べないしで捕まらない。心が折れて一旦お店に戻ると、普通に引いた。

「……え、何これ。」

私の呼び込みなんぞ不要な程のお客さん(9割女子)。列なんて、一列だと他の模擬店に迷惑が掛かる為、廊下に並んで貰っているようだ。店前の人が少なくなると、そこから何人か呼ぶ式にしているらしい。…警備員化してるクラスメイト(♂)が呆れてそう話してくれた。アイドルの握手会ですかここは…?

「てかお前さ、高橋くんと手繋いでデートしてたんだって?」
「はっ?いやデートじゃないよ。」
「はいはいいいよいいよ。もう何言っても大学中に回ってっから」
「えぇ……。なんで……。」
「SNSに動画流れてた。」
「今時!!」
「明日まで生きてられるといいな…。」
「勝手に殺さないでください…。」

からの、クラスメイトにいじられる始末。いやでもホント、SNS怖いよ…。それより、高橋くんになると拡散率すごくない!?やっぱりアイドルだよ絶対…。なんて思いつつ、私も裏方に回ったほうが効率良いかなー。なんて思って、受付まで足を運んだ時だった。

「彼女いるんで。」
「え?」

腕を掴まれて振り向くと、音が無くなったかのように静かになった一帯。一瞬で女の子達の猛烈な視線を浴びて、意味が分からなくて高橋くんを見上げる。…てか今、私掴んで彼女って言った…?と認識するよりも先に、掴まれた腕を引かれる。彼の胸に私の額がぶつかって、思わず声が漏れる。

「わっ「この子に何もしないでね。大切な人だから」

数秒もしないうちに、もはや悲鳴というか叫び声が重なって倒れていくお客さん達。やっぱりあのSNSは本当だったんだ…という声が響く中、当の本人は耳を真っ赤にして私ごとその場から去った。……いや、私こそ思考追い付いてなくて誰か教えてなんだけど…!ただ分かるのは、私も顔が真っ赤なことだけ。

「…ごめん、色々と」

そんな高橋くんに連れられて裏庭に来ていた。首を振るも、王道的な青春の中心に自分がいることに、多大なる疑問だけが酷い。こういうのって漫画かドラマでしか見たことなかったけど…、実際に起こせる高橋くん凄すぎでは…?

「彼女いますかって何回も聞かれてて…、言ってもうたっていうか…。」
「…あっうん、そうなんだ。」
「でも、やからって名字さん巻き込むのは違うよな。ゴメン。」
「私は…その、全然大丈夫なんだけど…。高橋くん大丈夫…?」
「あ、いや俺は全然…」
「あ、ならよかった…」
「「……」」

一歩、踏み出せない。そんな何かがそこには存在した気がした。


朝を誤魔化したい/2023.3.1
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