あの時、あの流れで付き合って欲しいと言うのは…プライド的に。言わなかった。その後また機会を伺って言えばいいと、浅はかに考え過ぎていたらしい。だって、まさかそれが……。 「(こんなに長引いてまうとは…)」 学祭が終わってもう2ヵ月。いつもの席で、ぼんやり授業が流れていく。あれから名字さんと話すタイミングが無かったわけじゃない。見て、しまったのだ。学祭終了後すぐ、彼女が友達に質問攻めにされているところを。 「名前!高橋くんと付き合ってるって本当!?」 「えー…?」 「えー…じゃないって!もう大学中その噂で持ちっきりだけど!?」 「うーん…。どう、だろうね…?」 「それはこっちの台詞ね!!だって高橋くんに、全員の前で彼女宣言されて…それでもとぼける気?!」 「……あっ呼ばれてる!じゃまた…」 「名前〜〜!絶対逃がさないからね〜〜」 「アハハ。怖」 その時。告ってもし、振られて他人になってしまうのなら。誰かのものになってしまうのなら。…フリでも良いから、彼女で居て欲しい。だなんてしょうもないことを思ってしまった。そこから、確信をついた話を名字さんに出来なくなった。自分の謎のプライドというか、独占欲が怖い。 1限目終了のチャイムが鳴る。移動教室のため、チラホラ席を立つクラスメイト…いや、名字さんを眺める。これだけ拗らせてしまうのなら、いっそ近付かなければよかった。ただ、遠目で、愛でるだけでよかったのに。 「あ、高橋くんだ」 「わーどえらいイケメン…」 エレベーターに乗り込むと、見たことのない若い女の子と目が合う。正規組の子だろう。小声で聞こえるそれは慣れたものだ。その子達を通り過ぎて奥の方に立つと、隣に名字さんが気まずそうにいた。タイミング…。見開いた目をすぐ流す。 「……絶対そうだって。怪しい」 「…、…聞こえるって」 小声が響く空間だということを、彼女たちは認識していないのか。そういう時に限って長く感じるエレベーター。少しずつ苛々が募る。どうせ… 「付き合ってるなんて嘘だよ。フリだって」 「……かなぁ?…でもそうっぽいよね」 「あの人と高橋くんって……」 どうせ、その話だと思ってた。今、一番聞きたくない。名字さんが隣にいるこの空間で。余計気まずくなった俺達の雰囲気。どうしてくれんねん、と思ったとき。チラリと声の主と目が合った。すぐに逸らされたそれが、誘発した。 「付き合ってるけど」 「……えっ?」 逸らされた目が、戻ってくる。高圧的な雰囲気を醸し取ったのか、少し怯えたような態度。相手は女の子だ、やさしく…やさしく……。と必死に自分を宥めて、名字さんの手を掴んだ。 「…え?」 「行こ、名字さん」 エレベーターの扉が開く。掴んだ手を優しく引っ張ると、振り払われないように少し振り向く。少し赤くなった顔で、どもっている姿がこれ以上ないほどかわいい。漏れる笑みを目撃されたのか、噂話を繰り広げていた女の子達の黄色い声と、名字さんのお友達がガッツポーズしているのが見えたところでエレベーターは閉まった。 * 「……急にごめん。連れてきたりして」 「あ…いや……、全然…です。」 「アハハ。なんで敬語」 「いや……なんと、なく?」 そのまま空き教室に名字さんを連れ込んだ。手を離すと、机二個分離れていくその距離がもどかしい。…それは、いつも待っているだけの俺のようだった。名字さんから貰った定期も、授業中話し掛けてくれたのも、全部彼女がくれた距離。欲しいなら、取りに行くしかない。目を、見つめる。 「…名字さん」 「ん、?」 「なんか…色々ごめんな。さっきも急に…」 「あ!いや!うん…その、私は、全然。」 「でも、もっかい謝る。」 「え?」 頭を下げた。でも、もう戻ることはしない。固まった決意は、もう、飲み込んだりしない。 「ごめん。」 「…えっと、これは。」 「だから、ほんまに好きになって欲しい」 「……え……?」 顔を上げると、くりっくりの目が大きくなって俺を見つめる。開いた口が塞がらないとはまさにこのことだろう。空いた分の距離を詰めると、下がらない彼女に期待が芽吹く。手を取ってみる。…嫌がらないで、ほしい。 「彼女…に、なって。」 顔から火が噴きそうだ。恥ずかしすぎて今すぐ逃げ出したい。けれど、もう…見ているだけじゃ、足りない。抱き締めたいこの距離を必死に我慢する。 そんな俺に気付いたのか分からないが、あの綺麗な瞳から涙が落ちる。分かりやすく慌てる俺に、名字さんはそのまま笑ってくれる。…あ、もしかして、これは。 「……名字さん、?」 「アハハ…なんか、面白くって」 「ビックリするやんか…泣かんとってよ、」 「ごめん。…でも高橋くんのせいだよ。」 少し意地悪そうに笑う彼女に、釣られて笑ってしまう。でもそのすぐ後、彼女になりたいです。と鼓膜に響いてきた言葉を一生保護したいと心から思うんだってこと、俺はまだ知らない。 春に住む/2023.3.14 |