いよいよ別れようと言われる雰囲気を察して、彼の家を飛び出してしまった。携帯しか持っていなかったが、それさえあれば何とでもなるこの時代。自宅の鍵は置いてきた鞄の中。タクシーに乗ってみちの家に向かう。連絡をしたが既読はなし。玄関を鳴らしても出ないので、そのまましゃがみ込む。携帯が震えてもディスプレイには今見たくない名前。欲しい着信ではない。

「あれ…名前ちゃん、やん」
「えっ」

そこから40分後。みち、と声を掛ける前に倒れ込んでくるスーツのゴールデンレトリバーを受け止めるも、デカすぎて支え切れず倒れ込む。聞こえてくる心音が速いのと、酒臭さに状況を把握。鍵頂戴、と問いかけるもほぼ寝ている。こんなに飲むなんて珍し過ぎる…と思いながら鞄を探った。

*

「や……やり切った……」

みちをベッドに寝かせて一息。いくら細くてもほぼ寝ている人間を運ぶのは一苦労だ。ベッドを背もたれに座ると、少し煩い寝息だけが聞こえる。振り向くと顔が真っ赤で、起きたら水を飲ませよう…と冷蔵庫に足を向けた。

だがその思惑虚しく、みちが起きることはなかった。知らない間に寝落ちしていたみたいで、両腕の上に頭を乗せベッドにもたれ掛かる体勢で意識を飛ばしていた。


「……、…ちゃん、……名前…」

みちらしき物体が、夢の中で私を呼んでいる。上から見下ろされるように、私の肩を揺らしている。でもごめんなみち…これは夢だ。私は起きない。けれど、夢の中の彼はそれを認識していない。そろそろ揺らすのも止めて欲しい…と意識が何かに引っ張られた。

「………ちゃん、…… 
きだよ。」

「 え…?」

ぼんやり上半身を起こすと、歪む視界の中でみちが見える。くりっくりの目が、驚いた表情を醸し出している。視界が良好になる前に、ベッドから起き上がったらしいみちが何か言っている。えーっと…。夢じゃ無かった、的な?でも何を言っていたかほぼ不明。

「えっあっ、えー……」
「…?みち「えっと、いや、その!名前ちゃんおるのにビックリして!なんかその!うん!おはよう!!」
「おはよう…。朝から元気だね感心する」
「……いや、あの……。その……、聞い…てた?」

部屋をぐるぐる歩く巨大ワンコは、居心地が悪そうに私に振り向く。何かまずいことでも言っていたのだろうか。やっと鮮明になった意識で、首を傾げる。

「あんまり覚えてないけど…、きだよ?って「あああああ!あー…そう!朝来たよって言ってて!変な日本語やったから恥ずかしくて!」
「?そっかそっか。てか二日酔いしてない?水飲んで」
「あっありがとう。二日酔いは、あんまりしてへん、みたい。」
「珍しいね?みちがあんなに飲むなんて」

ベッドに座って水を飲むみちを見つめる。いや、純粋に心配である。何かありましたので飲みました、と昨日みちの背中に貼ってあった?てぐらい分かりやすい。じと、と見るとあからさまに目を逸らされる。

「い、いやぁ別になんでもない。同期会で飲まされ過ぎただけ」
「…ふーん。まぁ、気をつけてね。」
「名前ちゃんこそどうしたん?昨日なんかあったん?」
「……あー…。」

忘れてた。なんて強がりが自問自答した。逃げてきたって、結局、未解決のままじゃどこでだって安堵できない。分かってるのに、どうしても探してしまう。あの人の彼女でいれる時間を長くする、方法を。

「もう、振られそうなんだわ。」
「……そっ、か。泣いた?」
「バカ。まだ振られてねーし!それに言われる前に逃げてきた」
「えっ逃げてきた?……あ、だから荷物無いんか」
「そー。だから、家にも帰れず…」
「俺の家に来た…と。」

はい、そうです。何故か正座。みちは笑って、今日休みやし昼飲みでもする?と言ってくれる。昨日飲み過ぎて嫌な思いしてるだろうに、ほんと、優しいんだから。

「……よし。お酒買ってゲームでもしよう!」
「お。いいねー。何する?」
「マリパか桃鉄!なんせ時間掛かるやつ」
「アハハ!そんなん絶対桃鉄やん。よーし、でも、まずは…」
「「風呂!」」


桃鉄20年をやり切りたい/2023.3.10
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