「どした?飲みすぎちゃった?」
「ちょ真面目に聞いて、」
「ん、ちょっと寝てて。私シャワー浴びとくから」
「だから…「はいはい行った行った」

洗面所から追い出して何事も無かったかのようにシャワーを浴びる。そう、こういうのは引きずるとよくない。じゃないと壊れてしまう。私たちの素晴らしい友情が。恋だ愛だなんかで無くしたくない。だって、恋愛はいつか終わる。今を変えたくないなら、私が変わらなきゃ良いだけの話だ。

「みち〜髪乾かして」
「……もー。すぐ甘える。」
「たまにはいいじゃーん」
「いやいつもな。」

そだったか!と笑う私は地べたに座って、ソファに座るみちの足の間に落ち着く。ドライヤーの風圧がすごくて、雑念が消える。ずっとこのままでいいじゃんね。…てか傷心中なの忘れてないこの人?あ、だからか。

「みち明日は?」
「日曜日?休みやけど」
「うん予定聞いてるね」
「あっ。…特にないです」
「うむ!じゃあテニスしよう。」
「えっテニス?」
「マリオテニス〜!ふぅ〜!」

そっちか…と呆れながらも笑って、先風呂入って来るわ。と私の乾いた髪を撫ぜた。そう、これでいい。これがいい。さっきのことは、シャワーで洗い落とした。言葉も、キスも。だから、このままでいようよ。みち。

シャワーの音が響く。彼の気持ちが勝手に流れ込んでくる気がした。自分の都合ばかりを押し付けて、みちの気持ちは丸無視。今まで、知らないフリをしていたツケかもしれない。今まで彼氏の鬱憤を散々晴らしてくれたのに。思うほどに勝手すぎる自分が浮き出てくる。酷く醜い。

「名前ちゃん?」
「……あ、ごめん。何だっけ」
「寝る?疲れた顔してる」

マリオテニスをしていた画面は、みちが勝っていたらしい。記憶がない。心配してくれているのに、それですら罪悪感が襲ってくる。吐きそうだ。寝る、と伝えるとみちが毛布を持ってきてくれる。私が殺したくせに、やさしさが迫る。これはもう圧迫。

「おやすみ、名前ちゃん。」
「…うん、おやすみ」

もう、私はどうしたいんだ。目を瞑っても解決なんてしなかった。当たり前だ。

*

その日から、みちの家に寄り付けなくなってしまった。行けば楽しいだろうし、みちは自分の気持ちを殺して付き合ってくれるだろう。でも、結局全て私だけが幸せで。みちの犠牲の上に成り立っていた友情を痛感する。もうそれは存在しないものに等しい。だから今日も、着信画面を見過ごす。つい最近まで、それは元カレにだったのに。

「名字、今日も残業?最近多いな」
「あー…、そーね。やる気なのかも」
「どんなんやねん」

会社の同期が笑って帰っていく。うるせーやい、なんて捻くれも言えない。だって、仕事に逃げてるだけ。21時過ぎになってやっとパソコンを閉じた。春の夜風は心地よくて、少し心が軽くなる。

「名前ちゃん」
「……えっ?」

どこからかあの声が聞こえてきて、振り向くとみちがいて。驚いて声が詰まる。そんな私を他所に、近付いてくるみちはそのまま私を抱き締めた。

「……、…みち、」
「…ごめん。俺の気持ちばっかりぶつけて、勝手言って」
「違うよ、…ちがう」
「……もう何も言わんから戻ってきて」

ちがう、違うんだよみち。悪いのは全部私なのに。これじゃまるで、数週間前の私だ。彼氏に必要とされていないことに目を瞑って、それでも縋りつきたくて。そうさせてくる彼がきらいだったのに、今、私はみちにそれをさせてる。

「……、…ごめん。ごめ「頼むから否定せんとって、」
「みち……、…」
「ただ、一緒におりたいだけやのに……。」

あの頃みたいに、図々しくなれない。もう確信を突いてしまったからだ。知らないフリを止めて、知ってしまった。友情こそ、両思いでないと成立しないのだということを。

「友達のままで、おって。」

それじゃ元も子もないよ、なんて言葉は酸素を吸わない。言える言葉はひとつだけだった。

「みち……。もう、止めよう。」


深夜1時、意識を消す/2023.3.10
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