「名前ちゃん、俺…彼女できるかもしれん。」 「そうなの?おめでとう」 「えっ」 拍子抜けしたみちの顔が、今日も今日とてかわいい。焦げたロールパンを香って2年、変わらない日々を継続中。ちなみに今日は焦げたクロワッサンの匂いで起床しました。 「待って、思ってた反応とちゃうねんけど…」 「え〜?どんなのが良かったのよ」 「"彼女!?ウソ…私帰る"、みたいなさぁ」 「あ、でもそれちょっと当たってる」 「え!」 逆に焼き目が全くないウインナーを口にする。きらきら目を光らせたみちに、屈託無く微笑んだ。 「これ食べたらすぐ帰るね。彼女に悪いし」 「い…やいやいやまだやって!で、出来るかもって話で」 「でも出来そうなら私邪魔したくないし」 「あーウソ!ウソやから!!今日もおって!」 真っ赤な顔であたふたするゴールデンレトリバーをいじめて満足する。漏れた笑いがみちには不服だったらしい。ふて腐れてサラダを食べる姿がまたよく似合う。漏れそうになった言葉を必死に留めて、ぶすっと顔の頭を撫でる。 「お昼から買い物行こ。付き合ってくれる?」 「…………いいけど。」 「アハハ。ありがと。その後みちの運転でドライブしたいなー」 「……どこ行きたいん?」 「海!」 「なんかそんな気した。」 さすがーと笑う私に、みちも満更じゃない感じ。ここ数年で家ばっかりじゃなく、外にも一緒に出るようになった。ついでにみち宅の合鍵も貰った。端から見るとただの彼氏彼女のようで、でも内情は違って。あれからみちが一歩踏み出してくることも無くなった。 「みち様の運転、楽しみですなぁ。」 「この前電柱にぶつかり掛けたしなぁ。」 「でも猫様助けましたぞ。」 「それはほんまによかったぞ。」 「みちのドライブテクニック素晴らしいぞ。」 アハハと笑い合うお昼前。あれから変わったものも、変わらないものも、全部愛おしいのだ。だからみちには、とんでもなく良い相手を見つけてほしい。彼女が出来た話が嘘じゃなかったらなぁ。 「春の海って、なんかエモない?」 「エモいってなんか難しい。」 「えっそう?なんかほら…言葉に表されへんアンニュイな感じとかさ」 「海は臭い。以上。」 「いやなんで行きたい言うてん」 車中、運転がまだぎこちないみちと、助手席でグミを食べる私。アハハと笑いながらみちの口にグミを突っ込んだ。レモン味のそれは絶妙に甘酸っぱい。 「あ、これうま。」 「でしょー。もいっこいる?」 「いる」 口を開けて待っているみちに、あげそうであげない。を繰り返す。もー!と怒るゴールデンレトリバーは今日も愛くるしい。結局何粒もあげて無くなった。その頃には夕方で、海辺の砂浜を散歩していた。海臭さと風が相まって、絶妙な気分。 「やっぱ綺麗やなー。良い匂いするし」 「良い匂い……ねぇ…。」 「だからなんで来てんって。」 「アハハ。世の広さを感じに?」 「……はぁ?」 振り向くと怪訝な表情のみち。思わず頭を撫でると、余計首を傾げていた。それでも健気に後ろを付いてきてくれる姿は、本当にわんこだと思う。一定の距離を保って、近付くこともなく離れることもない。 「世界は広いねぇ。みち」 「……?そうやな。」 そろそろ独り立ちしなきゃなんて、私もみちも分かってる。でも互いに、この温くて心地よい幸せに依存してしまった。目を覚ますには、私の覚悟があればいい。そう分かってるのに。 「……みちー。今日の夜ご飯餃子がいい。」 「おっいいね。餃子パーティしよか。」 「しよかしよか!具材いろいろ買って帰ろ!」 「何入れる?チーズとか?…あ、キムチとか!」 「良いですねぇ〜…お酒が進みます」 「アハハ!のんべえ名前ちゃんの登場やな」 「胃だけは強いんです。鍛えてますので。」 「マジで必要ない…!」 笑いながら車に戻る。砂を車内に入れるなと言われるも、みちが全力で持ち込んでいて爆笑だった。そんな帰り道、沈んだ夕日が妙に綺麗だった。誰か、私にぬるま湯から引きずり出る勇気をください。そう願ってみたけれど、覆い被さってくるみちの声。 「あ。飲みながらご飯作ろーや」 「はぁそれ最高か。」 グミをグミグミする/2023.3.15 |