「名字は一生彼氏出来ひんな。決定。」
「でしょうねぇ〜。」

他人事感。と笑う藤の背に、運ばれてくるレモンチューハイが見える。もう何杯目か忘れたが、仕事後の酒は何杯だって美味い。飲みっぷりの良い私に、失笑だけを溢すのは藤こと藤原丈一郎。同期の中でも馬が合うやつ。

「ええ歳のおばちゃんが…。」
「うるせーやい」
「…いや、でも待てよ。お前最近まで彼氏おったやん」
「あー…。」

言われてぼんやり思い出す。この2年間、何もなかったわけではない。なんだかんだ半年ぐらい彼氏がいた。まぁ、みちが原因で別れたようなもんだから、もちろんあの子には言ってない。

「まぁ、名字の妄想話じゃなかったらの話やけど」
「ホント信用ないよね。なんでなの?」
「だってお前に彼氏って……」

じと、と疑いの目が降ってくる。むかつくので巨大な唐揚げを藤の口に詰め込んだ。涙目で何か言っている。ざまあみろ、と鼻で笑っていたときだった。

「名前?」

知った声だった。え?と顔を上げると最近まで見知った顔。少し長い前髪が目に掛かっても、整ったその顔。なんでここに、が漏れる前にようやく喉がスッキリしたらしい藤がキョトンとしている。

「えっ誰この究極イケメン」
「……あー、蓮は…」

驚きが誤魔化す口を寂しくする。唐揚げ突っ込んでくれ、と思うより先に、目の前の高身長がにっこり微笑んで割り込んできた。…あぁ、面倒なことになった。

「元彼です。」
「えっ……えっ待って、え、ほんまに?嘘や、絶対嘘や!だってこんな奴に」
「…ふーじー?」
「いや、待って!俺の脳が着いてけへんて!おまっ…こんなイケメン…!はぁ?!」
「アハハ」

あの頃と変わらず、笑みが可愛い蓮が私の隣に座る。…ほら絶対こうなると思った。元々飲んでた相手はどうした。藤は変わらず驚きがうるさい。カオスな飲み会に進化してしまった。

*

「藤原…さんは、名前の同期さん、なんですね。」
「そう…ですね。名字とは腐れ縁同期やってます」
「口悪いな。仲良しでいーじゃん。」
「いや、勘違いされたら困るやろ」
「何のよ」

もう居付いてしまった元彼と、口の悪い同期が居合わせるこの空間。気まずくはないけど、な…何コレ?感が不思議である。蓮の友達は先に帰ってしまって、ある意味逃げ場がない。いや、良いんだけども…

「目黒…さん。もっかい確認させてください。ほ、本当に名字の…?」
「あ、はい。本当に、です。」
「えぇー…。いや、マジで…。お前すごいな。どこでこんな大物引っ掛けてん」
「へへーん。見たか私の実力」
「ほんでなんでお前ごときが目黒さん振ってんねん」
「わーあ特大ブーメラン!」
「アハハ」

笑う蓮を見ると思い出す。それは数ヵ月前の話だ。あんなに温厚な蓮が、みちの存在を受け入れられないと怒ったこと。ならもう別れようと私が言うと、蓮は俺よりその人を取るんだね。と悲しそうに言ったこと。

「お前一生後悔すんぞ、マジで。目黒さんみたいな人が名字で良いなんて言ってくれへんで」
「ふーじー。もう前の話だって。蓮だってもう別の人が「いないよ」

少し微笑んで、言葉を被せてきた蓮に違和感を覚える。欲しくない方の、予感がする。焦って話を変えようとしようとして、それが、違う方へ転がってしまうような。そんな音が、後から追ってきた。

「俺は何も変わってないよ。あの頃から」
「え…」
「……名字がモテる世界線なんなん?てか俺は?俺にはいつ来んの!?」

そんな不穏な音をすぐ拾って掬ってくれたのは藤で。おかげで払拭された空気が爆笑に変わる。ふ、藤が居てくれてよかった…。心から感謝申し上げる。でも隣に座っている蓮が、気付けば私の座る椅子に肘掛けていて。パーソナルスペース、とは。

「実は藤原さんも名前が…とか」
「ないないないないない絶対ない地球がひっくり返ってもない」
「ない多いな!飲め酒を!」
「……目黒さん、こいつこんな奴ですよ?」

やめとけ、と藤が空気で言ってる。そうだ、なんだかんだこいつは私側の人だ。藤…!と思うも、蓮はそれを気付いてる。でも、気付いていないフリをするのが上手いのも、蓮なのだ。

「アハハ。でも名前が良いんですよね。なんでだろ」

普通の女子ならソッコー落ちるであろう台詞。が、響かないのがゴールデンレトリバーの飼い主、なのである。代わりといっては何だが、藤が超乙女な顔になってた。いやお前かい。


サイレント参戦/2023.3.15
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