一度だけ、間違えたことがある。

「名前ちゃん。髪乾かして」
「んー今マスターハンドと戦ってる…」

半年前ぐらいの話。まだ、蓮の彼女だったとき。みちの家で、いつも通りゲームをしていた。お風呂上りのみちが珍しく強請ってきて、でもスマブラに必死な私。視界にも入れる暇はない。でも後ろから首に回ってくる腕。

「名前ちゃーん。マスターハンドと俺の髪どっちが大事なん」
「マスターハンド…」
「えぇー。そこは嘘でも俺って言ってや」
「ごめん蓮、ちょっと集中したい…」
「…"蓮"?」

繰り返された言葉にハッとした。出てしまった言葉を回収したいが、首輪をされたかのようにガッチガチな腕。逃すまいという視線。数秒後、マスターハンドに負けた音が響く。

「ごめん。間違えた」
「蓮って…男、やんな。」
「うん。みちだって女の子名前で呼んだりするでしょ?その一種」
「まぁそうやけど…」
「でも呼び間違えてごめん。髪乾かせて頂きます。」
「えっいいん!やったー」

首輪が取れて、隣に座って頭を差し出してくる。はぁ可愛い癒し。ドライヤーを掛けながら、蓮のことを聞かれたら何て答えていたのだろうと思う。彼氏、とそのまま言う以外選択肢はないんだけども。

「ね、明日もやって。」
「遠慮させていただきます。」
「なんでよ。ええやんたまにはさー」
「みちには私の髪を乾かす使命がある…!!」
「それは大役や…!やっぱり俺がさせて頂きます!」

笑いながら、思ってしまった。この子を愛で過ぎた結果、どの枠にも当てはまらない関係性に依存していたことを。それも彼氏という存在より。だから、その後蓮とはそうなって、何事もなかったようにみちの側にいる。まさかその後、蓮と再会するとは思っていなかったから。


「名前、携帯鳴ってる」
「あー…後でいい」

あの後やけに盛り上がって、ベロベロになった藤が席を立った。私もほぼダウン気味。なのに蓮はケロッとしている。イケメンは酒にも強いのか…と思いながら机に伏せる。それでも鳴り止まない携帯に、誰かの手が伸びた。

*

「名前ちゃん遅いな…」

今日は会社の同期の人と飲んだ後、家に来るって言ってた。遅くならないって、もう0時前やけど。不貞腐れる俺と、買っておいた缶チューハイが汗をかいている。冷蔵庫に入れてあげよう。

…まさか飲み過ぎて道で倒れてたりする?とか思い出してくる。不安になって、携帯を取った。コール音が響けど鳴れど本人は出ない。つられて焦りから心音が速くなる。探しに行こう、と上着を着た時だった。

≪…もしもし≫

聞こえるはずもない、男の声。間違えた?ディスプレイを見ても、"名前ちゃん"。間違えてなんか、ない。息が止まる。

「……名前ちゃんの携帯…ですよね?」
≪すみません。名前お酒飲み過ぎてて…代わりに出ました≫
「…あー、そうなんですね。迎えに行きます。今どこですか?」
≪あ…もしかして彼氏さんですか?≫
「……いや、違い…ますけど、」
≪じゃあ俺が≪えっ蓮!何して…

その後すぐ切れた電話。通話が切れた音が虚しい。けど、それよりも、気付いてしまった。俺の好きな声が呼ぶ名前は、初めて聞いたものじゃなかった。心のどこかにつっかえていた、あの記憶が叫ぶ。

「、"蓮"………」

あの時だ。呼び間違えられた、あの。そして焦燥感が襲ってくる。俺も同じだから分かる、今の人は絶対名前ちゃんが好きだ。節々に感じた敵意が、今になって侵食してきていた。


LOSE, CONTINUE?/2023.3.31
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