「絶対餃子!」
「えーたこ焼きがいい」
「前みたいに作りながら飲もうよ。ね?」
「名前ちゃん飲み過ぎるからあかん。たこ焼きにしよや」
「飲み過ぎるのはいつものことじゃん!」
「そ…れはそうやな。そうやけども!!あかんの!」

スーパーの野菜コーナーで強気のゴールデンレトリバーと論争。キャベツを入れようとする私の手を阻んでくる。せっかくの花金なんだし…と上目遣いも全力無視。今日は手強いなぁと思っていると、背後から聞き覚えのある声。

「名前?」
「……蓮…。」
「この間ぶり。あの後大丈夫だった?」
「まあね……。しかしよく会うね。つけてんの?」
「さすがにそれはないって」

蓮は笑って論争に巻き込まれていたキャベツを取り上げて、自分のカゴに入れた。みちと蓮は背の高さが似ているので、無言で視線を交わし合っている。藤と蓮と三人で飲むハメになって二週間しか経っていないわけで、ちょっと気まずい私は気の利いた言葉が出て来ない。しれっと別のキャベツをカゴに再投入。

「ニ…ニラどこかなー。」
「ちょっ…名前ちゃん待って」
「彼氏?」
「え」

蓮の突拍子もない言葉に、振り返るよりも先にみちが顔を上げている。遅れて蓮を見る。

「その子、名前の彼氏?」

どうなの?と軽く首を傾げる蓮。深い意図は無さそうに見えるが、…意外と腹黒い。でもどう答えるか悩むよりも、素直に漏れた言葉は多分本音で正解だ。

「……彼氏より大事な子。」
「!え…」
「へぇ…そうなんだ。なら俺も仕方ないね。」
「ごめん。でもありがと」
「何のお礼だよ。」

アハハ、と笑いながら私達を通り過ぎていく。その背中は、もう一生見ることのないような気がした。見納めるように見つめていると、視界にみちがフレームイン。

「わっ」
「…ねえ、今なんて?」
「えー…?覚えてない。」
「いや嘘やん!めっちゃさっきのことやん」
「都合の良い脳みそなんで。」
「いや良すぎるやろ!え、お願いもっかい言って!」
「は?だから覚えてねーんだし。」
「……マジで幻覚?」
「そうだって。行くよ」

いやちゃうって!とアンコールをお願いしてくるみちが可愛くて、頭を撫でる。いつもなら怒られるのに、今日はそれがない。ついでに餃子の具材を入れても戻されないし、みちがご機嫌ならそれでいっか。と蓮遭遇事件は秒で解決。と、思っていた。




「名前ちゃーん」
「ん?」
「彼氏より大事な俺からのお願い。お菓子取って。」
「………」

家で餃子を食べている最中、缶チューハイのおかわりを取りにキッチンに立ったらこれだ。いやめっちゃイジってくる。まぁこれに限らず何でも、"彼氏より大事な俺"を冒頭に付けてくる。よっぽど気に入ったらしい。まぁその言葉通りだから別に良いんだけど。

「…お菓子も良いけどまずご飯。」
「いや箸休めやって。名前ちゃんのおつまみと一緒!」
「上手いこと言うね…。お母さんは心配だよ」
「へへへ」

緩んだ顔で微笑むみちにご要望のお菓子を差し上げる。定位置に座る私に、餃子を取り皿に入れてくれる出来た子。でもさっきの言葉にハッとしたらしく、一気に表情が曇る。いちいち可愛いから困るわけで…。あーあ、この依存関係を悪化させただけだった。…でも仕方ない。と全力の白旗。

「いやお母さんちゃうやん。彼氏より大事やねんから…、って。え?そういう意味?、あれっ……」
「アハハ。自問自答してる」
「いや待ってめっちゃ大事やから!…えっ、時を戻そう?」
「わっ急なぺこぱ」
「もーすぐ話逸らす!ちゃんと答えてや」
「えー。我が家のみちはかわいい!」
「……うるさ。」


つるんと消えた使命感/2023.8.19
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