ようやく暗くなった空を背に、喉渇いたなぁと冷蔵庫を開けた。ちょうど目の前に絹豆腐が見えて、思わず舌打ちが漏れる。言わずもがな扉を閉めた。

「、ハァ……。」

背凭れとなった冷蔵庫に頭を預ける。もう何度も勝手に再生されたそれなのに、嫌でも過るから鬱陶しいわけで。

「……いや、………今なんて?」
「絹豆腐、明後日関西に転勤します。」
「は……?明後日って……」
「そう。最低でも二年。」
「 え……、二年て……。…何言ってんの?」
「出荷されるみたいなんだよね。絹豆腐だし…」


「何が絹豆腐や……」

苛々して漏れた言葉がリアルだ。でも実際、名前ちゃん絹豆腐は本当に旅立っていった。関西、のどこかは知らない。聞いていないから。そもそも二日前にそれ言うって脳内バグってんだろ。苛立ちが収まらないまま、再度冷蔵庫を開ける。豆腐に目をやらないようにしていたのに、次はレモンが視界に入ってまた扉を閉めた。

「あーもう!!…」

冷蔵庫を離れて鼻息荒いままソファに座る。部屋を見渡すと、見慣れた景色と同化した名前ちゃんの私物。こんなにも溢れていたと知らなくてあ然とした。ソファの隅には名前ちゃん用の毛布、枕、パジャマ。洗面所に足を向けると彼女用の歯ブラシとコップ。拭くだけコットンなんて予備まであって笑ってしまった。

「……結局自分で増やしてたんやん……。」

洗面所の端に手をつくと、苛立ちに隠していた虚無感と出会ってしまった。俯いていく顔と、寂しさを堪える表情だけが鏡に映る。やらせない気持ちだけが自分を覆い尽くした。




キャリーケースを引きながら、スカイツリーの下を歩く。やっと暗くなった今、照らされるそれは無駄に綺麗だ。見上げて一人、溜息を飲み込む。

「…」

転勤、なんて盛りに盛った嘘だった。あれから一週間後、ノコノコと東京に戻ってきた。ただの出張でした、なんて口が裂けても言わない。でも、みちのことを思うとこれで良い。やっと実行できた。こんな年上自堕落女が側に居たら、まともな恋愛なんて出来るはずがない。左ポケットに入れた合鍵を握り締める。これをポストに入れて、ちゃんと終わり。

「……飲みたいなぁ……。」

みちの家に向かう道中、ぽつりと漏れる言葉。大阪にいた一週間でさえ、みちと居ないとこんなに時間が余るんだって知らされたわけで。東京ここだと余計食らうんだろうな…、と溜息をつく。それでももう後戻りはできない。向かう足は奴のマンションだ。

キャリーケースをどこかで置いてくればよかった。と後悔しながら歩くこと10分。もうすぐみちのマンションだな…と頭が理解したとき。反対側の歩道に、見慣れた長身が誰かと歩いている。自然と足が止まって、視界が広がった。

「え……」

みちが楽しそうに微笑みかけるのは、可愛らしい女の子。私と真逆な系統で、守りたくなるような柔らかさがある子。道路を通る車も、通り過ぎる人ですらスローモーションに見える。…あの二人を除いて。止まった足が動かないのは、どうしてなのだろう。そして視線が重なる瞬間、音ですら消えていく。まるで世界には二人だけのように。

「……やべっ」

それでもそんな世界を振り切るのは私で、ハッと意識が戻ったようにその場から逃げるように駆ける。焦って振り返ると彼もこちらに向かって走ってきている。本格的にやばい。一生懸命走るのに邪魔してくるあいつ。…っキャリーケース!!チクショウ!!


ちゃりんちゃりん、カギが鳴く/2023.12.23
back