「待てって!」 「!」 全力で走ったのも束の間。キャリーケースが足枷となり秒速で捕まる息ゼエゼエババア。荒い息の私を余所に、さほど乱れていないみちに年の差(4歳)を感じる。さすがゴールデンレトリバー…。なんてふざけた脳内を一掃するかのごとく、強く握られた左手首。 「、なんで逃げんの」 「……あ、いや……。その、お邪魔かと「は?何が」 「あぁ…えっと……女の子と一緒にいたし……」 「…」 背景の空の黒さと、乱れた髪で覆われた目。余計に表情なんて読み取れない。それでもみちがビビる程怒っているのは理解できた。雰囲気と握られた手首がそれを物語っている。つられて、縮んで小さくなっていく言葉。何も返ってこない空間がしんどくて、えっと…と漏れた言葉は手首を引かれる力で消えた。 「え「勝手に決めんな」 「えっ…」 「あの人は彼女でも好きな人でも何でもない!」 パーソナルスペース、を超えた近さ。見上げればそれが重なるんじゃないかってぐらいの距離で、初めて大きな声を聞いた。やっとちゃんと目が合って、その瞳の奥は怒りと何か違う色が混じって見えた。…途端にごめんしか言えない病気に罹る。 「ごめん「そんで勝手やねん!!なんやねん二年間転勤って…」 「、ごめ「嘘なんやろ!?この荷物!」 「……ごめん「っ俺がどんな思いで……!」 「…!」 そのまま抱き締められても、離してなんて言えなかった。耳元で聞こえる小さな泣き声と、小刻みに震える身体。みちの方が断然背は大きいのに、抱き締めているのは私のように感じた。回した手で背中を擦ると、アホやらうざいやら色々な声が飛んでくる。それでも肩に乗る頭は首元に擦り寄ってくるから、ごめんね、としか言えなかった。 「……転勤、はうそ?……」 「…はい。ごめんなさい。」 「なんでそんな嘘付くねん…」 「、みちの側に居すぎたかなって…」 「そんなん俺が決めることやろ!…勝手に決めんな」 「ハイごめんなさい。…頼むから泣き止んで、」 「 …っ泣いてへんわ!うそ言うな」 「あっハイ私が悪かったです」 「、あほ…」 「ごめん〜…。」 もう駄々をこねる大型犬にしか思えなかったが、全て私の安易さがきっかけだ。全てツメが甘かった。…でも、それも本心なような気がして。こうなることを、どこかで…。みちの背中を撫でていると、息苦しくなる程抱き締められる。 「ヴッ」 「どこが絹豆腐やねん…」 「それあなたが命名されたんで「は?」 「ゴメンナサイ何でもないです」 「……とりあえず家帰ろ。」 やっと身体を離してくれたと思えばそれで。脳裏に先ほどの彼女が過る。その間に気付かれたのか、眉毛と視線が睨み付けてくる。吐け、さもなくば…とどこからか声が飛んでくる気がした。 「……さ、さっきの女の子はいいの?」 「…ハァ。」 「え 」 わざとらしい溜息。若干怯えた表情で見上げると、心底呆れた顔をしていた。いや怖い。そして何も言わずに手を引かれてみちの家方面に歩き出す。 「え…ちょ、みち「あいつは会社の同期!他に質問は!?」 「す…みません無いです。」 「ん。」 そう言ってまた歩き出すも、すぐ振り返ってキャリーケースを奪い取ってくれる。その背中がなんだか広く大きく見えた。いつもと同じはず、なのに。みちも男の子だったんだと身体のどこかが悲鳴をあげていた。そんな私を余所に、足を止めるみち。 「…?」 「……お酒買ってくやろ。」 「! いいの?」 「…別にいいよ。名前ちゃんの奢りやからな。」 「!!もちろんです!!精一杯買わせていただきます!!」 「…うん。買え。」 ハイ!!と満面の笑みが勝手にこぼれる。みちも満更ではない様子で、やっと普段通りに戻った気がする。いくらお金が飛んでいったとしても痛くも痒くもない。結局、私達は私達を止められないんだから。なーんて全力開き直ってコンビニで多額の金額を落とし。みちの家で全力謝罪パーティを行った結果。 ・ ・ 「……ん……」 酷い頭痛で目を覚ます。見上げるといつもの天井。いつの間にかソファで寝てたらしい…と意識を落としかける、も頭の下にある骨張った生温かい何かに気付く。嫌な予感がしてぎこちなく視線を左側に向ける。何かが息をするちいさな音がする。…思わず目を瞑った。いや、今までこんなことなかったのに!いつもどれだけ酔っても、あいつはベッド、私はソファだったよな!?… 「…っはっ」 思い切って真横を向くと、生まれたてのゆで卵がスースーと寝息を立てて寝ていた。いや記憶ねーぞ。 でもでも?ワンワン/2023.12.23 |