「あ、杏寿郎」
「む、ちょうど良いところに」
雨宿りをしている見知った顔があったから話しかけただけなのに、この男ときたら断りもなしにずいっと傘に入り込んできた。ただでさえ小さな傘なのだから、狭いと言ったらない。なにか一言、私に言うことは。「うむ、助かった!」そういうことじゃなくて。…まあ、こういう人だということは分かっていたからもういいのだけれど。
「うち、寄って行って。そしたら傘貸してあげるから。それで帰るといいわ」
「ああ、すまないな」
「じゃあすまないついでにこれ持って」
仕事で縫った服の入った風呂敷を煉獄に預ける。あまり重くはないが、客のものだと分かったらしく、両手で抱えるようにして持ってくれた。ちなみに中身は振袖である。斜向かいに住むお嬢さんの縁談用の。煉獄も彼女に面識があるから、そう言ったら「なんと」なんて驚いた顔をした。私も縁談と聞いてそんな顔をした。この間までまだまだ小さな女の子だと思っていたのに、もう縁談なんて。それはそれは美しい振袖を作る約束をしているのだから、落としたら承知しないと脅せば、もちろんだと返ってくる。
思えば私が最初の夫と結婚したのも、彼女と同じくらいの年だったと思う。
今までに結婚は二度。昔から針仕事が苦ではなかったので、その腕を見込まれて仕立て屋の男の元へ嫁いだ。それが最初の夫。けれど、結婚して三ヶ月したあたりで、自室で首を吊って死んでいた。何があったかはまるで心当たりがない。
二番目の夫は彼の弟である。義弟と結婚するのは気が引けたけれど、嫁いできた日から私を好ましく思っていたと言われて、私が折れたのだ。しかし彼もまた早くに亡くなった。不慮の事故と聞いている。
結局、結婚は二回、夫も二人いたとはいえ、私が誰かの妻であった時間はほんのわずかなのだ。
「おおい、どこまで行く」
「えっ?」
気が付くと、私の家はとうに通り過ぎていた。傘を持っている私が足を止めないから、煉獄も着いて来てしまったらしい。
「ごめん、ぼうっとしてた」
「大丈夫か、冷えたのではないか」
「平気、大丈夫よ。ありがとう」
確かに今日は冷えるけれど、あなたほどではない。勝手に傘に入ってきたくせに、私が濡れないようにできるだけ外側に寄っていてくれた。おかげで彼の肩はびしょびしょだ。あなたこそ、冷えていないか。寒くはないか。
「では俺はこれで、」
「ま、待って」
「どうした?」
「…なんか、飲んでく?温かいの、とか。すぐ淹れるけど」
どうしてそんなことを言ったのかは分からない。気付いたら呼び止めていて、必死で言葉を探して、そう言ってしまっただけだ。
「では、遠慮なく」
煉獄がそう言ってうちに上がるのを、ほっとした気分で見ていた。
半年と言ったのは私。その間に気持ちに区切りをつけるなんて言って、実はもうとっくについていたのかもしれない。きっと私はすでに煉獄が好きだ。でも彼は幼なじみで、そこに男女の愛があってはたまらないと思っていたのだと思う。だから、半年なんて言ったのだ。半年の間に、あなたを愛する覚悟を持つ。そして同時に、心の底から愛するあなたを、近いうちに亡くしてしまうかもしれないという覚悟もだ。