以前ほつれていたところを直してくれと渡された着流しがあったので、濡れた服を着ているよりはいいだろうとそれを渡し、脱衣所に煉獄を押し込んだ。私はその間にお茶の準備をする。お茶にもいろいろあるみたいだけれど、私は緑茶が一等好きだった。煉獄がどうかは知らないけれど、今まで一度も文句を言われたことがないので嫌いではないのだろう。
居間にはすでに煉獄がいた。やむ気配のない雨をぼんやりと見つめていた。声をかけると、こちらに気が付いてにこりと笑った。良い匂いだ、なんて言いながら。湯呑を彼の前において、向かいに座る。
自分で招き入れておいてなんだが、話すことが思いつかない。仕事の話は少し聞きづらい。人の生き死ににかかわる世界に身を置いている彼が、もしも大きな怪我をしていたり、後輩を失っていたりしたら。空気が重くなることは目に見えている。
「雨、やまないわね」
「そうだな」
…困った。全く話が続かない。他に何か話題を、と探しながらお茶をすする。
「単刀直入に言う」
煉獄がいつになく真剣な声色で切り出した。なあにと目線を合わせると、普段の柔らかな目に揺らぎが見えた。迷いだとか、緊張だとか。それでいて、冷静な。いつもと違う様子の煉獄に、こちらまで緊張してしまう。
「俺は半年も待てる気がしない」
その言葉に目を見開いた。なんてこと。私と同じ。
「余人のいない家に、惚れた女と二人きりだ。やましいことを考えない男はそうそういまい」
知らない人だ。この人、私の幼なじみじゃない。あの人はこんな顔をしないもの。
「もしも嫌ならそう言ってくれ。俺はこれを飲んだらすぐに帰る」
それでも確かにこの人は煉獄杏寿郎だ。私の手が震えていたのは、きっと本能で、今の煉獄が男の人だと理解したからだ。嫌だと言わなければ、私はこの人に抱かれる。
「…帰らないで」
必死に声を絞り出した。小さな声だったけれど、彼が分かったと言ったのだから聞こえていたのだ。まだ熱いままのお茶をそのままに、私の元へ近づいてきて、何をするかと思えば口づけをした。驚いている私を少し笑って、初めてだったかと聞く。思わず頷いてしまったけれど、別に初めてではない。嬉しそうにそうかと言う彼に、もう何も言えなくなってしまう。
あとは溺れていくだけ。その気にさせた罪な男を、心の底から愛するだけの話だ。