Memo

2018/06/09 02:04

年上代打ち主
赤木しげる(13)を気にかけてお世話してた人がある日突然帰ってこなくなったお話。女主にしようか男主にしようか迷い中。
あの人の第一印象は平凡な人だった。裏なんて全くない柔和な頬笑みを浮かべ困ったように眉を下げ、ほんの少しの迷いの後俺の手を掴み家の中へと引き入れた。温かい風呂に入れられ、温かい飯を食べさせられ、温かい布団の中へと。何も訊かず、平凡な家庭の母親のように優しく接してきた。夜眠れずにいるとただ一言、子供はもう寝る時間だからおやすみ、と。俺の胸まで布団を引き上げ幼子をあやす様に規則正しく手が動く。頭を撫でる手は今まで感じたことのないあたたかさで何故だか心地よく何も言わず受け入れた。嗚呼、これが母親のようなモノなのか、とまどろみの中で呟いた。一度そんなものを知ってしまったら中々抜け出せないモノで、家に来る俺を嫌な顔一つせず迎え入れるあの人のおかえりが心地が良かった。

「しげる、今日は帰りが遅くなるからお腹が空いたらこれを食べるんだよ。」
「わかった。」

その日はいつものあの人とは違った。いつもの凪いだ目の奥に見覚えのあるモノが見えた。それは一瞬だったけど今でも脳裏にこびりついて離れない。あの人は俺の頭を撫でながら初めて会った時みたいに眉を下げて微笑む。

「もしかしたらね、今回の仕事は長丁場になるかもしれないんだ。だからもしも私が長いこと帰らなかったらあの棚の引き出しの中にお金と通帳がある。あれを使ってご飯や必要な物を買うんだよ?いいね?」
「...わかった。」
「うん。ありがとう、しげる。」

羽織を羽織って下駄を履いたあの人は一度振り返りいってきます、と言って扉を閉めた。あれから6年。あの人はまだ帰ってきていない。
Category : その他

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