俺の恋人がいなくなった日5


確かに会えるかもしれないといつも以上に気合が入っていたけれども、でも!

「あっ、ちょっ、待て!!!」

こんなすぐに会えるとは思っていなかった!
降谷さん!?と声をかけてるくる風見に出口全て封鎖しろ、鼠1匹逃さないぐらいに、と指示を出し、俺の顔を見るなり一目散に逃げ出したナナシさんを追いかける。ちょっと、足、早くないですか!?足が早いうえに身のこなしも軽いナナシに追いつこうとなんとか食い下がるが段々離されていく。くそ、パルクール経験者かナナシさんは!?階段を手すりで滑り降りてるのを見て距離を詰めるならここしかないと踊り場から助走をつけて飛び降りる。もちろんナナシさん目掛けてだ。捕まえる為なら骨の一本や二本ぐらいくれてやる!

「に、げ、る、なぁああ!」
「え、ちょっと、降谷さっ!?」

飛び降りた俺を見て驚きながら足を止めて受け止める体勢になるナナシさんになんだか胸の奥の方がきゅーーんとなって泣きそうになった。いや、駄目だ。俺は怒っているんだ。捕まえたら沢山恨み言を言ってやる。鈍い音と共に無事ナナシさんの上に着地した俺はその勢いのまま手錠をかけて俺の手に繋いでやった。深く溜息をついて息を整えている俺の横で、いたたた、と言いながら起きあがったナナシさんがそれを見て愕然としていた。そのまま気まずそうに視線を泳がしていた彼は何かに気づいたようにはっとし、何かに怯えるように俺から逃げようと後ずさりし始めた。...その反応傷つくんですが。

「何逃げようとしているんです?逃がしませんよ。」
「降谷さん、駄目だ、駄目なんだ、」
「?ナナシさん?」
「わたしに、近づくなっ!」
「!」

様子がおかしいナナシさんに近づき手を伸ばすと叩き落とされた。それに驚くように俺が固まるとびくりと体を揺らしすまない、と小さく謝ってきた。そしてしきりに周りを警戒し始める。本当にどうしたんだろうか...組織の奴らがまだ残っているのか?

「ナナシさん、どうしたんですか?」
「すまない、なんでもないんだ。頼む、この手錠を取ってくれ。」
「なんでもないって、貴方また俺に何も言わず何処かに逃げるだろう!?」

俺には何も言ってくれない、またこの人は俺に頼らず何処かに行ってしまう気なんだ、と思うと一気に頭に血が上ってしまい乱暴に引き寄せて襟ぐりを掴みあげてしまった。それに驚いたナナシさんは色々な感情を混ぜこぜにしたような顔でまたすまない、と言った。それにもっと怒りがこみ上げて勢いに任せて何かを言おうとした瞬間、手錠で繋がれた腕を引っ張られてナナシさんに抱きしめられて一気に怒りのボルテージが下がってしまった。

「すまない、ごめん、ごめんな降谷さん。」
「ナナシさん...。」
「...私が傍にいると君に危害が及ぶんだ。」
「危害?」
「私がいると大切な人達が皆危ない目にあってるんだ。」
「...ナナシさん。」
「君も、例外なく...夢で見たんだ、君が、嫌だ、君を失いたくない。だめだ、離れて、君は死んで、いやだ、」
「ナナシさん!」

ナナシさんの過去で何かあったんだろうか...以前調べた時はそのような事柄は起こっていなかったと思うけど...それに夢?なんだ、ナナシさんに何があったんだ。嫌だ嫌だと言いながらもがいて俺から逃げようとするナナシさんの顔を両手で掴み目を合わせて彼の名前を呼んだ。そのまま落ち着かせるようにゆっくりと声をかけていけば抵抗が少しずつ収まってきた。

「ナナシさん、俺を見て。俺はここにいる。」
「降谷さん、」
「ナナシさん、さっき貴方のせいで俺に危害が及ぶ、と言ってましたが俺は貴方と出会う前から危険と、死と隣り合わせでした。」
「ああ。」
「でも俺は生きています。何度も回避して生き残りました。」
「ああ。」
「これからもそうでしょう。そんな俺の人生にナナシさんが言う危険が一つや二つ増えたってそんなの全く屁でもないんですよ。」
「...」
「それでも責任を感じると言うのであれば、そうですね俺を守ってもらえませんか?俺の見えないところからじゃなくて俺の傍で。」
「...、」
「ね?ナナシさん。俺の傍に戻ってきてください。貴方は俺の幸せを願う、とか言ってましたけど俺の幸せはナナシさんがいないと完成しないんですよ。」
「...っああ、」

大きく開いたナナシさんの目からぽろりぽろりと大粒の涙が零れて行く。ぼろぼろと泣きながら頭を何度も縦に振る彼の額に軽く口づけて涙を拭う。今度は俺からきつくきつく抱きしめておかえりなさいと言うと、一年ぶりのただいまが返って来た。