贈り物
久し振りに実家のキッチンに立つ。
実に2ヶ月ぶりぐらいか。
「結婚したら、郁ちゃんたちと夜過ごしたりできないんだから帰ってこなくていいよー」と優しさ半分、いなくてラッキーという気持ち半分であろう妹たちの言葉を聞き入れた結果である。
卵を薄くフライパンにいれ、菜箸でかき回す。今日の夕飯はチャーハンだ。
久し振りだなと思うと嬉しくて、自然と鼻歌が溢れる。と
「ねえねー!」
爽華だ。ドタバタと階段を降りてくる音がして、バン!と扉が開いた。
「もー落ち着きのない。扉は静かに開けてね」
「はいはいはいはい!ところでさ」
明らかに聞いていないことが分かる返事に肩を竦めた。
きっとこう口煩いから「帰ってこなくていいよ」とか言われちゃうだろうなー、と他人事のように考える。
「なあに?」
「サンタさんっているよね?」
「え…あ、うん」
「だよね、よかったー!」
高校生にもなってサンタクロースを信じているというのか。
思わず動揺が表れてしまった返事も気にせず、安堵した表情を浮かべる爽華に名前は思わず笑う。
「なんで突然?」
「はい!手紙!サンタさんに渡しておいて!」
顔が固まった。
「え?これ…」
「ん?プレゼントのお願いだよ?」
なんだよそれが狙いか、と独り言つと
「ん?なあに?」
「…なんでもない」
「サンタさんからのプレゼント、楽しみだなあ」
独り言は唇を読んで理解していたはずで、その上で何かと聞く爽華は良い性格をしていると思う。
サンタさんいるよね、と聞かれて頷いてしまった手前、今更断ることなどできず、名前は小さくため息を吐いた。
「ってことがあってね」
名前は小牧に話しかける。
12月20日。24日25日は休みが取れなかったため、早めのクリスマスデートの最中だ。
「そこで突っ返さない辺り爽華ちゃんに甘いよね」
くすくすと笑われ、名前は唇を尖らせた。
「だって…小牧教官だったら断れるんですか?
可愛い妹のお願いですよ?」
「俺はまあ、断れるかな」
まあそうか、と名前は呟いた。
小牧が相手にやり込められる姿など到底想像できない。
「ま、そこが名前のいいところだよね」
言いつつ頭を撫でられる。それに少し顔が緩むが、しかしすぐ苦い顔になった。
「最近ますます爽華ちゃんが柴崎に似てきたなーって…」
「たしかに」
「蓮華ちゃんと姉妹とは到底思えない…」
「そう?蓮華ちゃんと爽華ちゃんを足して割ったら名前になると思う」
「…否定できない」
2人でくすくすと笑う。
確かに自分は蓮華ほど穏やかでおっとりしているわけではないが、爽華ほどちゃきちゃきしているわけでもない。
「ところで、何を買うの?」
「あーえっと」
言いつつメモを見せる。
「結構金銭感覚しっかりしてるよね」
「私の妹ですから」
少し胸を張って言うと、小牧がにこりと笑った。
「さすがだね」
そう言って頭を撫でられる。
「小牧教官って甘いですよね、私に」
「今更?」
「え、もっと前からですか?」
「…悲しいなあ」
「…やめてください。その顔に弱いの知ってるじゃないですか!」
名前が気付かないのが悪い、と嘯く小牧の手に指を絡める。
「許してください…気付いたので」
「仕方ないなあ」
そういう小牧の顔はすごく楽しそうで、名前も思わず顔が綻んだ。
◇
「すっかり暗くなっちゃいましたね」
爽華へのクリスマスプレゼントを買うついでに毬江や笠原達、小牧の両親など日頃お世話になっている人へのプレゼントを選んでいたら、大分遅くなってしまった。
「小牧教官のご両親、喜んでくださるといいんだけど」
「大丈夫。
名前はセンスいいから。誕生日プレゼントも、今年が1番喜んでもらえたよ」
「だといいけどなあ…」
不安になってしまうのは許して欲しいところである。
「大丈夫大丈夫」
小牧にぽんぽんと頭を撫でつつ言われる。
「あ、そういえば、あともう一個、爽華ちゃんからプレゼントのお願いがあるんじゃなかった?」
「あ、はい。えーっと…『立川トライアングルイルミネーションの写真が欲しいです!』って…」
「へえ…上から写真を撮れってことなのかな。
とりあえず行ってみようか」
言いつつ歩き出した小牧に名前は小走りで追いつき、ぎゅ、と手を強く握った。
「今日は…色々振り回しちゃってごめんなさい」
「いいよ、俺は名前といれるだけで楽しいし」
「…でも」
「それに爽華ちゃん、カップルで楽しめる所が近くにあるお店選んでくれてたからさ」
「そうだったかも…」
「だからこの話はもう終わり。
もう着くみたいだしね」
小さく「ありがとうございます」と言うと、それに応えるように絡められた指に力が加わる。
暫く無言で歩き続けた。話さなくとも一緒にいて心地が良い人、というのは得難い存在だろう。
そして
「きれい…!」
名前は感嘆の声を漏らした。
「こんな所、初めてきました!!」
「俺も」
「すごいですね!広いし、色もとっても綺麗で」
四角錐の形をしたイルミネーションが目の前で輝いていた。
「…もしかしたら、爽華ちゃんはこれが見せたかったのかもね」
「あ…」
「プレゼントリストの3つめは立川にしかないお店のだったし、俺と名前にこれを見て欲しかったんじゃないかな」
そういえば、小牧と名前に見せたい場所がある、と言われたことがあったのを思い出す。言われてみればそれは、きっかり1年前だった。
そのまま暫し沈黙が続いた。吸い込まれるように見入る。
不意に
「名前」
呼ばれたので名前は振り返った。
小牧を見て、そしてそっと目を閉じる。触れるだけのキスをされ、優しく抱きしめられた。
「爽華ちゃんは俺たちのサンタだったのかも」
「ふふ、そうだね」
目の前に広がる景色を小牧と見れて嬉しかった。
心の中でありがとう、と爽華に感謝する。
「少し早いけど、メリークリスマス」
「メリークリスマス」
来年もまた来れるといいな、と名前が小さく呟いたのに呼応するように、小牧は名前の頬を撫でた。