「夏芽」
その人の声が好きだった。
その人が魅せる、様々な表情が好きだった。
その人の、不器用ながらも真っ直ぐで、優しい所が好きだった。
「影山、」
大切な人と笑い合いたい。
大切な人と触れ合いたい。
大切な人の傍に居たい。
「ーーーー好きだよ」
私はただ、そうしたかっただけだった。
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「はっ、はっ、」
新入生の部活動勧誘で1年の教室まで押し掛けて来た先輩たちの集団をなんとかくぐり抜けて、人通りの少ない廊下までやって来た。途中、擦れ違った何人かの上級生に「うちの部活に入らないか」と声を掛けられたが生憎入部する部活は既に決めており、申し訳なさを感じながらも全て断ってしまった。
少しシワが出来てしまった入部届を握りしめ、小さく息を切らしながら再び廊下を駆けていく。
「(確か、第一体育館ってこっちだったはず、)」
階段を下ってすぐの渡り廊下を辿って行けば、目的地である体育館はもう目の前だったはずだ。耳を澄ませば、勢いよくボールが床に打ち付けられる音と部員たちの掛け声が次第に大きく聞こえてくる。どうやら私が目指していた場所はこっちで合っていたようだ。
「あの!」
体育館と校舎を繋ぐ渡り廊下に足を踏みしめようとした矢先、背後から声を掛けられた。立ち止まり、慌ててその後ろを振り返ると、白色のエナメルバックを肩に掛けた体操着姿の黒髪の少年が一人立っていた。
「第一体育館ってこっちで合ってるか?」
凜とした声と真っ直ぐな目で私に問いかける少年の手元には同じく入部届の用紙が握りしめられていた。第一体育館に用があり、尚且つその用紙を持っているという事は、つまり彼と私は同じ部活の入部希望者という事になる。
「もしかして、君もバレー部?」
今度は私から質問を投げ掛けると、彼は少し嬉しそうに頷いた。自分はバレーが大好きなのだと、その表情を見ただけで充分に伝わってくる。
「私もなんだ。じゃあ、一緒に行こう」
それが私と、彼ーーーー影山飛雄との出会いだった。
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体育館に入って入部届を提出すると、まず私たち一年生はステージ脇へと集められた。ふと新入部員の数を数えると13人は居たが、女子生徒は私以外には居ないようだ。横一列に並ぶようにと指示された私たちの目の前には三人の三年生の部員が立っており、その威圧感に身体には緊張が走る。男子部員二人と、女子部員が一人――――恐らく主将と、副主将とマネージャーの人だろうと大方予想がついた。不意に隣に立つ影山を見ると、緊張どころかその表情はキラキラしながら堂々と目の前の上級生たちを見つめている。どうやら影山は緊張とかはあまりしないタイプなのかもしれない。
「ふうん、」
真ん中に立つ、やけに顔立ちの整った主将らしき先輩が手にしているのは十数名分の入部届だ。それに丁寧に一枚ずつ視線を落としては、また顔を上げて目の前に立つ新入部員たちの顔触れを見つめる、それの繰り返しだ。まるで品定めをするかのようにこちらを凝視するその眼はどうも居心地が悪い。
「あー!女の子がいる!!」
「っ!?」
その先輩は私の顔を見るなり大声を上げた。私は突然自分がロックオンされたので驚きでビクン、と肩を揺らした。先輩は再び視線を手元に戻し、手早く入部届をペラペラと捲りながら何かを探しているようだった。
「へえ〜、椎名夏芽ちゃんね!どこの地区に住んでるのかな?好きな食べ物は?血液型は?あと誕生日も!」
「!えっと………、」
私の入部届を見て名前を割り出したのだろう、次には先輩から執拗に質問攻めを受ける。突然の質問の嵐にこれはまともに答えるべきか、はたまた笑って受け流すか、どうしようか戸惑っているとその先輩の頭には拳骨が入った。
「ちなみに好きな男子のタイプは……ぎゃあ!?」
「クソ及川ぁ!!隙あらば後輩をナンパしてんじゃねえ!!悪かったな、椎名」
「そうだよグズ及川!皆の前で質問攻めとか可哀想じゃない!本当にバカがごめんね、夏芽ちゃん」
「!あ、はい、大丈夫です……??」
「もう!イッタイよ岩ちゃん!!だって女の子だよ?!新しいマネちゃんだよ?!今まで来栖ちゃんしか居なかったんだからそりゃあ嬉しいでぶふっ!!!」
「あ??私じゃ不満なのかなク ソ 及 川 ク ン ?」
「滅相も御座いません」
「ざまぁねえな」
「岩ちゃんヒドイ!!」
目の前のやり取りに私たちは呆然とするばかりだった。
主将なのにこの扱いといい、岩泉さんと来栖先輩の素晴らしく息の合った掛け合いといい、それに私たちは拍手を送っていいのか否か。しかしただ一つ言える事は及川さんの事を「あ、なんか思ってたイケメンと違う」と不覚にも思ってしまった自分がいたという事だ。隣に立つ影山にどうしたものかと視線を送るが、本人は早く練習をさせてもらいたいのだろう、この状況に少しだけ眉を潜めていた。
とうとう痺れを切らした岩泉さんは一つ咳払いをし、「話は戻るが、」と真剣な眼差しで再び話を始めたので、こちらも固唾を呑む。
「うちのバレー部はこれでも強豪校って言われてて、本気で全国も目指してる。一応仮入部期間が一週間設けられてるが、例え仮入部であっても練習も先輩達と同じように本格的に入ってもらうから生半可な気持ちじゃやっていけねぇからな。それはマネージャーも同じだ。雑務は多いし、体力や精神力も必要で決して楽な仕事じゃない。もし今の話を聞いて辞退したいと思ったなら今だぞ」
岩泉さんのその厳しい投げ掛けに先程とは裏腹に及川さんと来栖先輩も冷ややかな眼で私達を見つめる。そうか、私はそういう所に足を踏み入れようとしていたのか。でもそれを不思議と怖いとは思わなかった。
「全員、残るんだな?」
逃げる者は誰もいなかった。受けて立つと、皆強い視線で三人を見つめる。私達のその姿に三人の表情が少しだけ緩んだ気がした。
「そうか。じゃあ、北一バレー部としてこれからよろしく」
(2014.11.09)
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