Episode.11


「失礼しました」

出入り口付近で一礼をし、職員室のドアを静かに閉めた。廊下に出た途端一気に緊張が解け、深い溜め息が漏れる。窓ガラスから見える、校庭で楽しそうに大声を上げながらサッカーをしている男子生徒達の姿が少し恨めしく思う。そして、先程先生から放たれた言葉が俺の頭の中でループをする。

「俺はどうすればいいんだ……」

きっかけは今朝の朝練の終了時に言われた、顧問からの「影山、お前今日の昼休みちょっと職員室に来てくれないか?」という一言だった。更に脇で偶々話を聞いていた国見からは「何?お前何かやらかしたの?」なんてからかわれる始末だった。まあ今思えばやらかしたのかと聞かれれば確かにやらかしているのかもしれないが。

「どうだった?」
「!は!?」

突如目の前ににゅっと顔を出してきた人物とは紛れもなく国見だった。国見の横にはお決まりの金田一が立っており、どうやら二人はクラスが違っても昼休みは一緒に過ごしているらしい。しかしまさか職員室まで来るとは思わなかった。
興味津々な国見は「で?」と俺に続きを迫ってくる。いつになく食い下がる国見に俺は一瞬ぐっ、と言葉が詰まった。

「その……成績が悪いの、顧問にバレて、再来週の中間テストでクラス平均以上じゃなかったら一週間部活参加させねぇって言われた……」

そう、顧問からの呼び出しの用件は俺の成績に関しての事だった。俺の壊滅的な成績状況を担任から知った顧問の先生は大きく頭を抱えていた。挙げ句の果てには「お前、このままだと行ける高校無いぞ」とトドメを刺されてしまったのだ。しかしそんな俺はまずバレーが出来なくなってしまう事に危機感を覚えた。来月7月頭には中総体が控えているというのにこんなことで足止めを食らうわけにはいかない。今年こそレギュラー入りを狙っているんだ。

「行ける高校無いってお前それ相当ヤバくないか」
「ぐっ!!」
「影山、そんなんだったら椎名と同じ高校行けなくなるよ」
「!?それは困る……!!」
「あ、やっぱり好きなんだ椎名の事」
「んな!?何で知って………!」
「いや、今の言動と日頃のお前の態度を見れば分かるでしょ。みんな知ってるよ」
「なんだと………!?バレてねぇと思ってた……」
「あんだけ椎名の横にべったり居といてバレてないだろうってお前バカか!」
「ああ!?バカって金田一お前喧嘩売ってんのか!?あとべったりヤメロ!」
「お、影山クンが怒ったぞー」
「いやバカも何もお前実際バカだろ!だから先生にも呼び出されたんだろ!」
「ふんぐっ……!!!」

ヒートアップしてきた口喧嘩は無意識に段々と声のボリュームが大きくなっていた。負けじと金田一に何か言い返そうとしたその時、職員室のドアがスパァン!と勢いよく開いた。

「おいお前ら。職員室の前で何騒いでる?」

静かに響いた低音。一見その声は冷静にも捉えられるが、確かに怒気が込められている。
そこに立っていたのは、うちの学校では有名な、ヤンキーも黙る、生徒達から最も恐れられているヤクザ並みの強面の体育教師だった。この先生に目を付けられた後はどうなることか、それは道を外さなかった俺達には分からないが、出来れば知りたくない。
よりにもよって何でこの人なんだ、と顔から吹き出る嫌な汗が止まらない。でも今真っ先に俺達がするべき事とは、

「「「す、すみませんでしたー!!」」」
「!!待てお前らぁぁあああ!!!!」

兎に角目の前にいるこの人から逃げる事が最良の選択だと判断した俺達はきっとバカなのかもしれない。




「………いつから知ってた?」

昼休み中で騒がしい教室のはずだが、周りを目を気にしてどうしても話す声が小声になってしまうのは今居る場所が2組の教室だからだ。
あの強面体育教師から全速力で逃走し続けた末、辿り着いたのがこの教室だった。

「そりゃいつも二人でいるんだし、不思議に思わない方が寧ろ可笑しいでしょ。あ、そこのchildの複数系はchildsじゃなくてchildrenだから」
「?そうなのか??これだから英語はワケわかんねぇ」
「流石単細胞だな。複数系は何でもかんでも"s"を付ければいいって思ってるだろ?」
「お前は一言余計だ金田一!」

あーあ、また始まった。呆れて小さく溜め息が漏れる。
安全が確保された今、影山の悲惨な成績の事も考慮し、俺たちは勉強会を開く事に決めたのだが、案の定いつもの"これ"が始まった。俺としては、今椎名は友達と何処かに行っているのか、クラスに不在というこの好都合な状況の中、勉強を交えながら影山に椎名との事を聞き出したかったのだがこのザマだ。

「でもまぁ、まず影山が自分の気持ちに気付いてたってのが何よりも驚きだけどね」

次の瞬間、二人の口喧嘩はぴたりと止み、こちらを見た。どうやら独り言として呟いたつもりが、ちゃんと二人の耳にも届いていたらしい。

「……自覚したのは最近?だと思う……?」
「何で疑問系なんだ?きっかけでもあったのか?」

金田一がそう投げ掛けてみると、影山は難しい顔をしながら唸り始めた。そんなに悩ませるような質問だったのだろうか。

「あー……いつから自覚したとか、きっかけとか、そんなのはよく分かんねえけど……少なくともスキー学習の一件の時にはもう確信してた」
「あー!あれか!椎名雪山で高熱出して倒れたんだろ?」
「あの時はお前ら一向に帰って来ないからどうにかなったんじゃないかって焦ったんだけど。そしたら夜にお前が雪まみれで椎名抱えて戻って来たから吃驚したわ。……じゃあその時に二人の間で何かがあったわけだ?」

そう問えば、影山の顔はみるみる赤くなっていった。ゴホン、と一つ咳払いをして「べ、別に!凄く寒そうにしてたから思わず抱き締めたのはフカコウリョクだ!」とそこまでは聞いてないのに勝手に弁解を始めているが、ほう、成る程。あの時影山はどういう経緯であれ椎名を抱き締めたわけか。

「……医務室で一晩中夏芽の看病してて、朝方になって流石に先生に仮眠取れって言われて、夏芽の手を握りながら寝てた。次目を覚ました時には、俺の指に夏芽の指が絡められてて、俺はこの手を離したくないって思った。ずっとこのままで居られたらいいのにって」

先程とは裏腹に真剣に語り始めた影山の姿に俺達二人は息を呑む。

「あれ以来……例えば、もし夏芽の隣に俺以外の別の誰かが居たらって事を何となく、考えるようになった」
「……へぇ、それでどうだった?何か感じた?」
「あぁ。想像出来なかったし、その知らない誰かに"そこ"を譲るのとかそんなの御免だ、って思った。それを"好き"って事だと気付いたのは最近だけど、俺はきっとずっと前からアイツの事好きだった。……去年、引退間際の及川さんが俺に夏芽を託した理由、漸くあの意味が分かった。あの人、気付いてたんだな。俺が夏芽を好きだって事に」
「あー、そういえばそんな事もあったな。何だっけ?椎名の事悲しませたら許さない的な事も言ってなかったか??」
「まぁ、及川さん椎名のこと可愛がってたしね」
「ぐっ……!やっぱり及川さんって夏芽の事好きだったのか………!」

俺がそうやって言えば影山はあまりのショックで握っていたシャーペンをノートの上に落とした。落ちたシャーペンは無惨にも転がっていき、机から落ちそうになった所を慌てて金田一が掴んだ。当の影山はといえば、俺の発言を"そういう意味"と捉えてしまったようで、項垂れたまま黙っている。しかし次の瞬間、またしても影山は俺の言葉に左右される事になる。

「及川さんは椎名をそういう目で見てはいないと思うよ」
「はああ!?あんなに夏芽に付きまとってたのにか!?」
「付きまとうっておまっ、言い方!!」
「だ、だって実際そうだっただろ!?」
「確かにそうだったけどよ!」
「やっぱり金田一もそう思ってたんじゃねぇか!!」
「いやでもあの人仮にも先輩だし……!」

どうやら変な所で天然が入っている二人は分かっていなかったらしい。

「そうじゃなくて、及川さんにとって、椎名は"理解者"みたいな存在だったんじゃないの」

確かに、及川さんと椎名の間柄は分かる人には分かる、しかし何も知らない人にはそういう風に見えてしまう、そんな関係だと思う。
俺も及川さんの事はいつもヘラヘラしているバレー大好き人間、みたいな認識だったし、今もそう思う。しかも元々は及川さんは椎名の事が好きなんじゃないかと思った人間のうちの一人だった。だから人の事は言えないけれど、ただ、いつの日か俺は、椎名が岩泉さんから"及川を救ってくれてありがとう"とそんな風にお礼を言われていた場面を一年の時に目撃した事があった。一体椎名が何で、どう及川さんを救ったのか、その意味は今もよく分からないけれど、例えば、ごく少数の人間しか知らない及川さんの別の一面があって、何らかの形で椎名がそれを見たとして、それを受け入れた上で椎名が及川さんと関わっていたとしたら。

「理解者?あの人そんなに周りから否定されてるのか?」
「思い返せば、及川さんが口を開けば岩泉さん達から"うるせぇグズ"とか言われてたよな」
「はっ!確かに!」
「……あぁ、分からないならいいや」

そもそもコイツらにこんな話をした俺が間違っていたのかもしれない。
でもまぁ、それよりもあの鈍感な影山が自分の気持ちに気付けたというのは大きな一歩だ。今更過ぎる部分はあるけれども。

「これはくっつくのも時間の問題か、」

そう独り言のように呟いた俺はそういえば、と中断していた勉強会の存在を思い出し、再開するよう二人に促す。その時調度友人と教室に戻ってきた椎名がこちらを見るなり、俺達が部活や委員会以外の場面で三人揃っている事が珍しかったのか、驚いたように少し目を丸くしたが、机に広げられている教科書と真剣に問題を解いている影山の姿を見て敢えて声を掛けようとはしなかった。しかし話はしないものの、自分のクラスに影山が居るという事が嬉しいのか、椎名の表情は心なしか緩んでいるように見えた。

「青春だねぇ」

昼休みの終わりを知らせる予鈴が鳴るまで、あと5分。

(2015.06.27)

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