6月半ばの梅雨の時期、体育館の屋根にはザアザアと大量の雨が強く打ち付けていた。湿度が高くジメジメとしており、蒸し暑い。かいた汗で体操着が肌に張り付き、不快感が増すばかりだ。
しかしそのような状況にも関わらず、夏の大会が迫っている北一バレー部はいつも以上に練習に気合いが入っていた。何といっても今年の新入部員は実力のある後輩たちが揃っており、もしかすると全国出場も夢ではない。なので最近では部活が終わっても、殆どの部員が自主練をする為に遅くまで残っている。今大会の控えのセッターとして選ばれた影山もその一人で、私たちは帰りが別々の日も多くなった。影山が居ない家路は少し寂しい気もしたが、今は彼にとってとても大事な時期なので仕方ないのだと自分に言い聞かせた。それにクラスで国見から次回のテストの件については聞いたが、お世辞にもバレー以外では賢いとは言えない影山は、次の中間テストの成績が悪ければ部活動停止にもなりかねないので、人一倍勉強もしなければならない。実際に昼休みや部活の休憩時間を利用して国見と金田一に勉強を教わる光景を何度も目にしている。
「ナイッサー!」
今はスパイク練習の時間。セッターである影山は次々とスパイカーにトスを上げていた。ボール拾いをしながら私はその様子を遠目で眺めていたが、真剣な目付きでボールを見つめる影山は凄くかっこ良く見える。だからこそ頑張ってほしい。心から応援したいはずなのにそれでも何処か蟠りがある自分が憎らしい。
―――――椎名も影山に勉強教えてあげればいいじゃん。
気を遣ってか、今日の昼休みに国見は私にこんな事を言ってきた。色恋沙汰にそれほど興味が無いのか、それとも敢えて触れていないだけなのか、決定的な事は言わないが恐らく彼は私の気持ちに気付いている。
確かに少しでも影山と一緒にいる時間を増やしたいと、私も影山に勉強を教えようかと一瞬は考えた。だけどそんなの結局は下心からであって、不純だ。影山にとっては純粋に人から勉強を教えて貰いたい、ただそれだけでそれ以上の何かを求めている訳ではない。だから私は切羽詰まっている影山の邪魔をしないようにと今は距離を置こうと決めた。
そう話せば国見は眉を潜めて腑に落ちない顔をしていた。だって、こんな嫌な部分の自分を悟られたくはなかったんだ。
「いてっ」
暫く考え込んでいると、流れ弾が足に当たった。威力はそこまで無かったものの、地味に痛みがある。いけない、今は部活中だ。そう自分に言い聞かせ、目の前の事にしっかり集中させようと自分の頬を両手で叩いた。
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「「「「「お疲れ様でした!!」」」」」
いつもの通りキャプテンの号令で放課後練を終えたが、やはり今日も居残る部員は多いようで用具を片付ける様子はない。私は特に残る用も無いので、帰宅をしたら去年と同様総体に向けて部員達にマスコット作製をしようと速やかに帰りの支度をし、スクールバッグを背負って他の部員達に挨拶をしながら振り返る事無く体育館を出た。
外に出れば、あれほど激しく降っていた雨は既に止んでおり、夕焼け空が一面に広がっている。右手に握っているビニール傘の先端をコツコツと地面に突きながら歩みを進めていると、後ろからパシャパシャと躊躇い無く水溜まりの上を駆ける足音が近付いて来た。
「夏芽っ!」
息を切らしながら私の名を呼ぶ声に思わず足を止めた。ただの幻聴なんじゃないかと思った。だって、本来ならば彼は今頃体育館で他の皆と同じく自主練をしていて、此処には居ないはずなのだから。
「な、んで……?」
その声は情けないくらい掠れていた。練習はどうしたのと聞きたかったのにそこまで言葉は続かなかった。まさか追い掛けて来てくれるとは思いもしなかった。決してバレーに対して手を抜くような事はしない彼だし、今日も遅くまで練習をしてから帰っていくのだろうと思っていた。
「だって、最近あんま話せてなかったっていうか、何か俺の事避けてただろ。……それに夏芽が元気ないって国見から聞いて、心配になった」
何で影山に話しちゃうかな、とこの時ばかりは国見を少しだけ恨んだ。影山が私の事を気に掛けてくれてた事は嬉しかったけど、少し悲しそうな顔をした影山を見ると、胸がチクリと痛んだ。意図的に避けていたのは紛れもなく事実で、それに対する罪悪感で一杯だった。
「……ごめん、悪気は無かったんだ。最近の影山って、勉強も部活も凄く頑張ってたでしょ。国見から話は聞いた、中間テストで成績が悪いと部活停止になる事。勉強に手を抜けば、大会に影響が出る訳だし、影山にしてみれば大会前に部活停止にでもなったら困るでしょ?だから、その邪魔だけにはなりたくなか「……勝手に距離置いてんじゃねぇよ、」…え………?」
影山から出た声は物凄く低く、小さかった。顔は俯いており、表情は読み取れなかったが次の瞬間、足早に私の元へと近付き、彼の大きな手が私の肩を強く掴んだ。
「自分の存在が邪魔になるとか、勝手に決めつけて、俺の気も知らずに距離置こうとしてんじゃねぇよ!!俺がいつお前が邪魔だって言った?!」
「!!」
いつになく感情的になっている影山は本気で私を怒っていた。私の肩を掴んだままの影山の手は僅かに震えていながらも一層力が込められる。
「………お前に嫌われたのかと思って、ずっと不安だった。それなのにお前はそんな理由で避けるとか追い討ち掛けるような真似しやがってぶざけんな。確かにお前の言う通り、俺は今必死にワケわかんねぇ勉強をやってる。正直切羽詰まってて逃げたくなる時もあった。でも好きなバレーが思う存分出来る為にはやるしかない、勿論それもある。………けど!!俺はっ……俺はお前と同じ高校に行きたいんだよ!少しでも長くお前の隣に居たいんだよ!」
「えっ、」
その言葉に思わず耳を疑った。
目の前の彼は今、何て言った?
「……それって、どういう意味、」
期待していいのだろうか、その言葉には"そういう意味"が含まれているのだと。
期待していいのだろうか、彼もまた私と同じ気持ちなのだと。
だから、その意味を確かめたくて、聞かざるにはいられなかった。
「―――――好きなんだ」
心臓が大きく脈を打った。
その時、私の肩から下ろされた彼の腕が、思わず力が抜けて落とした傘が、そして静かに一つ瞬きをしながら私を見つめる影山が、全てがスローモーションのように思えた。
夕日を背景に、真剣な顔をして立つ影山の瞳に今にも吸い込まれそうだった。
「夏芽、好きだ。俺と付き合って下さい」
その答えなんて、考えずとも最初から決まっていた。
(2015.06.29)
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