Episode.13


「今日は居残り練ないんだ?」
「あぁ、先生が明日から総体だし今日は早く帰ってゆっくり休めって言ってたからな」
「そっか」

私の横を歩いて帰る影山はそう言いながら肩に掛けているエナメルバッグを一度背負い直した。エナメルバッグには先程マネージャーからの激励として渡したユニフォーム型のマスコットが早速ぶら下がっていた。そのマスコットは私が作った物だから、尚更嬉しくて思わず頬が緩む。
あの日の告白から影山とは付き合い始めたものの、特別変わった事は無かった。朝は一緒に登校するけど帰りは居残り練で別々だったり、最近では私も影山の勉強会に付き合ったりと、それくらい。一週間程前に終えた中間テストも過去最高の点数を叩き出した影山は先生からも「あの影山が……!!」と号泣しながら褒め称えられ、いよいよ明日に行われる総体に向けて今はしっかりバレーに打ち込んでいる、変わりない日常だ。でもやっぱり私は関係性が変わった事に意識してしまい、上手く接する事が出来ないのが悩みだ。何せ、異性と付き合うなんて生まれて初めての事で、緊張しすぎてどうしたらいいのか分からない。
しかも、部活動という1つのコミュニティーの中で特定の人物を贔屓目に見てはいけないと私は思う。今まではあくまで"友達"だったからそういった部分にはあまり意識をしていなかったけれど、関係が変わった今は部活は部活、恋愛は恋愛とそこの所はきちんと線引きをしなければいけない。しかしだからこそ、今あるこの貴重な時間を大事にしたいと思うのは紛れもなく事実だ。

「今年はついに影山も国見も金田一もベンチ入りかぁ」
「レギュラーになれなかったのは悔しいけどな」
「来年だね」
「……おう」

「まあ、まずは明日の試合が大事だけどな」と未だに少し不満そうに口を尖らせる影山。その姿が何だか面白くて口許が緩んだ。
場違いな事を考えているかもしれないが、好きな人が自分の隣にいるという事が、こんなにも幸せな事なのだとは思いもしなかった。

「………影山、あのね」

歩いていた影山の腕を掴み、引き留めた。伝えたい事は伝えられる時に言わないときっと後悔するから、

「が、頑張って」

恥ずかしさで思わず下を向いてしまった。きっと今の私は顔が真っ赤に違いない。去年だったらこんな事を言うのは何て事無かったが、今の私にとってはこれが精一杯で最大限の激励だった。
でも、今年も上から皆の動きを観ている事しか出来ないけれど、ちゃんとそこから応援してるから、沢山声だって張るから。

「……おう、ありがとな」

顔を上げると、影山はいつになく穏やかな表情をしていた。それからゆっくり私の方へと手を伸ばした影山は、慣れない手付きで私の頭をぎこちなく撫でた。感じる温もりに浸りながら静かに目を閉じる。
―――――ああ、好きだな。




次の日、大会当日を迎えた。競技会場は昨年とは変わらず、同じ市民体育館だった。やはり今年も他校の生徒達や応援に来た人達で観客席が埋まっており、会場は賑わっていた。
そんな中、我が北川第一中は今年も順調に試合に勝ち上がっていた。やはりうちのライバルは今年も優勝候補校である白鳥沢学園だ。しかし去年のエースであった"ウシワカ"が抜けた今、戦力がどのようになっているかは未知らしいが。
次の試合が始まる前に私はお手洗いを済ませておこうと女子トイレに出向いていた。時間に余裕を持って来たものの女子トイレは長蛇の列が出来ており、予想以上に混雑していて少し時間ロスをしてしまった。あともう少しで試合が始まってしまう。急いで2階の観客席に戻ったのはいいが、そこで首を傾げる。これはもしや、デジャヴ。

「また迷った…….?」

どうやら私は今年もやらかしてしまったようだ。取り敢えず歩きながらうちの学校らしきジャージの集団を探してみるが中々見付からない。キョロキョロと視線を右往左往させていたその時、トンと何かにぶつかり、視界が暗くなった。
顔を上げてみればそれは人で、金髪で眼鏡を掛けた他校生だった。何よりも驚いたのはその人が私より何十センチも高い所に目線があり、一瞬怯んでしまった。恐らく180センチ近くはあるだろう。

「あっ、すみません!」
「……いや、別に」

不注意でぶつかってしまった事に謝罪をすれば、彼はそれだけを言って何事もなかったかのようにその場から立ち去ろうとしていた。しかしその時私は思わず声を上げて彼を引き留めてしまった。

「あの!これと同じジャージを着た集団見掛けませんでしたか?」

彼に自分のジャージを指で差しながら学校名も分かるようにと背を向けて後ろの学校名のプリントを見せた。

「北川第一………。あっちじゃないの?」

そう呟きながら彼は不意にとある方向へと指を差した。彼の指差す方向を目で追うと、なんと真向かいの観客席に北一の集団と柵に"必勝"の横断幕が掛けられていた。どうやら私は反対側の観客席の方に来てしまったようだ。お礼を言おうと再び彼の方を見た時、別の声によってそれは阻まれた。

「夏芽!!」
「あっ、影山!」
「戻ってくんのやけに遅いから探したぞ!」

私の前に現れたのは既にユニフォーム姿に着替えている影山で、額にうっすらと汗が滲み出ているのを見る限り、相当私の事を探し回ってくれていたみたいだ。

「ごめん、トイレ行ってて戻ろうとしたら迷って……」
「ったく、一人で勝手に動くなボゲェ」
「……ホントにご迷惑お掛けシマシタ。あ、すみません!さっきはありがとうございました!」
「はぁ、」

長身の彼に向き直り、お礼を言って軽く会釈をしながらその場から立ち去ると「誰だあいつ」と後方を少し睨み付けるように横に並んで歩く影山は私に振ってくる。「私の不注意であの人とさっきぶつかったの。睨んじゃ駄目だよ」と注意した時に私は重要な事を思い出した。

「影山!!選手だから早く下行かないと!!」
「!そうだった!!行ってくる!!あ、俺らの席こっちじゃなくて向かいだかんな!!」
「うん、あの人に聞いたから大丈夫!!ほんとごめんね!試合頑張って!!」
「おう!!」

慌てて階段をかけ下りる影山の後ろ姿を眺めながら私はもう一度「頑張れ」と静かに呟いた。




「ツッキー!こんな所に居たんだね!探したよ!……って、あれ?今他校の女子と一緒に居なかった?」
「うるさい山口。別に、ただの迷子。北川第一だって」
「ごめんツッキー!…………って、え!?北一って強豪だよね!?試合当たったらどうしよう……!!」
「どうせすぐ負けるんだからどっちにしろ僕らには関係無いでしょ。行くよ」
「あ、待ってツッキー!」

私たちが此処で出会ったのは紛れもなく偶然だった。だけど、この時は思いもしなかった。
まさか偶々この会場で、偶々ぶつかった名前も知らない相手と、近い未来に大きく関わる事になるなんて。
それは後に当事者となる私も、影山も、そして彼も知らない。

(2015.07.02)

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