Episode.15


長かった夏休みも終わりが近付いていた。8月も末にもなると暑さも少し和らぎ、段々と秋の訪れも近付いて来ているとニュースの天気予報で気象予報士がそんな事を言っていた。確かにこの間までは夜になると田んぼにいるカエルの鳴き声と寝苦しさで毎晩魘されていたはずが、最近ではエアコンも不要になり、外からは鈴虫の鳴き声が聴こえてくるようになった。しかし、日中は仮にも運動部である私たち男子バレー部は体育館内を常に動き回っているせいか、いくらその日が猛暑日ではなくとも、体感温度は相変わらず高く感じる。

「ふぅ、生き返る〜」
「……んまい」

とある土曜日の午前練終了後の帰り道、影山の突然の「アイスが食いたい」発言に自宅近所のコンビニに寄り道をする事になった私たち。学校からは登下校中の寄り道は校則で原則禁止にされているが、流石に自宅周辺にもなると先生たちの目もないだろうし、たまにはこういう事も悪くないかもしれない。店に着くなり影山はガリガリ君ソーダ味を、私はレモン味のカップかき氷アイスを購入し、通り道にある公園の藤棚のベンチ座って冷たいアイスを頬張っていた。

「夏休みもうすぐ終わるね」
「げっ、学校始まったらみっちりバレー出来なくなるじゃねぇか」
「影山はそこデスカ。あっという間だったなぁ、夏休み。来年の今頃は夏期講習とか受けて受験勉強始めてるのかな」
「……かもな。志望校もう決めたのか?」
「んー、まだ。あ、白鳥沢って高等部も男バレかなり強いよね?」
「県内一だな。俺も白鳥沢は気になってた」
「へぇすごい!でも偏差値高いんだよなー……。影山はスポーツ推薦取れるかもしれないけど、私一般で受かるかな……。んー……やっぱりランク下げて青城の方がいいのかな」
「夏芽、お前なら大丈夫だ。一緒の高校行くんだから頑張るぞ」
「ねぇ何処から出てくるのその自信」

お互いのこれからの進路の話をしながらカチコチに固まったかき氷をスプーンでサクサクと崩していく。ある程度崩したところでスプーンでひとさじ掬い、それを口に運べばさっぱりとしたレモン風味が広がる。

「ソレ、うまいのか?」

私が食べているかき氷が気になるのか、先程から物欲しそうに見てくる影山。こちらに気を取られていたせいか影山が手にしているガリガリ君が暑さで溶け落ちそうになっていたので指摘をすると、慌ててそれを舐め取った。

「食べる?」

またひとさじ掬い、影山の目の前にそれを差し出す。こくりと頷いた後、影山は小さく口を開けながらスプーンへ顔を近付け、パクリと口に含んだ。

「ん、これうまいな」
「さっぱりしてて美味しいよね」
「わるい、もう一口いいか?」
「はいはい、どうぞ」

余程気に入ったのか、影山はまた私のアイスを求めてくる。そんな姿が何だか微笑ましくて思わず口許が緩んだ。もう一度それを口にすれば、影山は「さんきゅう」と言いながら満足げにしていた。

「俺のも食うか?」
「え、いいの?」
「ほら」

今度は私の目の前に影山の食べかけのガリガリ君が差し出される。正直なところ私はガリガリ君のソーダ味を食べた事はないが、好奇心で私も影山と同様にそれにかじりついた。咀嚼をすれば、ソーダの甘さとひんやりとした冷たさが口に広がる。うん、美味しい。

「ありがと、おいしかった」
「ん」

飲み込んだ後、手にしていたカップに残ったかき氷をまたサクサクと崩しながらスプーンを自分の口に持っていこうとした時、寸前でその動作は止まった。

「(そういえばこのスプーン……)」

そういえばこのスプーンは、さっき影山が使ったものだ。それに私だって、今何の疑いもなくナチュラルに、平然と影山の食べかけのガリガリ君にかじりついていた。……という事はつまり、これってもしかして――――。

「……思えばこれって間接キ「うあああああ!!!!」?!」

私よりも先にその言葉を発したのは影山だった。しかも何の抵抗もなく、あくまでストレートに言おうとしていた影山に耐えきれなくなり、私は叫んだ。心臓がバクバクいっていて、体温も一気に上昇した気がして身体が暑い。多分、これは夏の暑さのせいだけではない。

「もしかして、嫌だったのか……!?」
「ちっ、ちが!そうじゃなくて、その、」

少し傷付いたような表情で私を見つめる影山の姿に胸がチクリと痛んだ。恥ずかしさでどもってしまって直ぐに弁解が出来ない自分を殴りたくなる。周りからすれば、たかが間接キスの一つで大袈裟な、って思うかもしれない。それでも、私にとってはその"たかが"が特別だった。
大好きな影山との間接キスは、全然嫌じゃなかった。寧ろ嬉しかったはずなのに、それを素直に伝えられない。
……なのに、どうして私はいつもこうなんだろう。どうして、いつまでもこの関係に慣れる事が出来ないんだろう。いつまでも成長をしない自分は、何なんだろう。

「……嫌だったなら謝る。けど俺は、夏芽とこういう事すんの、嫌じゃねぇから」

ポタリと溶けて落ちたアイスが地面に染みを作っていく。
こういう時、しっかり相手の目を見て大事な事を伝えられる影山が羨ましい。いつもは不器用なくせして、いざという時はこうして立ち振る舞える影山が、羨ましい。

「謝んないで、」

私もほんのちょっとの勇気を出せば、影山のようにちゃんと言えるだろうか。しっかり影山の目を見て、伝えられるだろうか。
手にしていたカップを脇に置いて影山に向き直る。

「私も影山とこういう事するの、嫌じゃない。寧ろ嬉しかった、から」

またポタリと、影山の溶けたアイスが今度は塊として無惨に落ちていく。

「だからっ」

そんな顔しないで。

そう言おうとしたはずなのに、その言葉を紡ぐ事は叶わなかった。気が付けば、私の両頬は大きな影山の手で覆われていて、視界が暗くなっていた。そして、私の唇には影山の柔らかいそれが重なっていた。突然の事で最初は驚きで目を見開いていたが、やがて静かに瞼を下ろし、影山のシャツを握りしめた。何秒間、何十秒間、その状態でいたのかは覚えていない。

「「………」」

暫くした後、ゆっくりと私の唇から影山の唇が離れ、見つめ合う。恥ずかしいなんてそんな気持ちはいつの間にか消えていた。
次の瞬間、影山の手がゆっくりとこちらに伸ばされ、私の身体は彼の腕の中へと収まる。感じる影山の体温は温かくて、心地が良くて、私も影山の背中に腕を回した。

「好きだよ」

誰も居ない公園の藤棚の下、夏風に吹かれながら二人抱き合う中二の夏だった。

(2015.08.29)

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