Episode.16


夏休みが終わり、いよいよ新学期が始まった。また授業の日々が始まる事に少し面倒臭さを感じるが、久しぶりに会うクラスメイトと顔を合わせた事でそんな気持ちはいつの間にか消え去っていた。
今は昼休みに入ったものの、今日は保健委員の集まりがあり、流し台やトイレのシャボネットの補充作業をするとの事で影山と校内を歩き回っていた。本来ならば同じクラスである国見とペアを組んで行うはずが、国見は気を遣ってか、「俺、金田一と回ってくるから」とそれだけを言ってふらりと姿を消してしまった。相方である金田一と影山のクラスメイトの女の子二人も元々同じ部活で仲が良いらしく、「じゃあ私たちも一緒に行ってくるね!」と告げ、その場を後にした。そしてぽつんと残された私と影山は今こうして行動を共にする事になったのだ。

「ありがとう、影山」
「夏芽、お前はただでさえ小せぇ身体してんだから無理するな」
「うっ……!ゴメン」

巡回前、保健室から業務用のシャボネットの入った重いタンクを一人で持ち運び出そうとした時、影山に制止の声を掛けられた。結局それは影山によって軽々と持ち上げられ、此処まで運ばれてしまったが。男子って凄い、一体何処からそんな力が湧き出てくるのだろうか。

「ったく、怪我でもしたらどうするんだよ。こういう時は俺を頼れボゲェ」
「……スミマセン、今度からそうシマス」

文句を言いながらも私の事を気にかけてくれる影山は心配性らしい。何だか頼もしい影山の姿に思わず口許が緩むと、それを見逃さなかった影山が「何笑ってんだ」と眉に皺を寄せながらこちらを見つめる。しかしシャボネットの補充作業をする動作は止めない。

「ちょっと待って影山、それ希釈用だから」
「キシャク……?」
「水で薄める」
「!そうなのか」

影山に"希釈"という言葉は難しかったらしい。現に彼はボトルにストレートに液を入れようとしていた。影山恐るべし。

「あ、影山!椎名!」

学習した影山を見守りつつ作業を再開しようとした所、廊下から私たちを呼ぶ声がした。振り返ると坊主頭が特徴の我が男子バレー部主将の階上が小走りでこちらにやって来た。

「どうした?」
「さっき監督に呼び出されてたんだけど、来月の頭に練習試合が入ったらしい!」
「!相手は何処の学校なんだ?」
「……光仙学園だ」

それを聞くなり影山の表情は固くなる。階上も深刻そうな表情をしており、どこか重い空気が流れた。

「(光仙って確か……)」

――――光仙学園
県内強豪校のうちの一つであるチームであり、昨年は中総体でベスト4という結果を残している学校だ。しかし今年は二回戦で運悪く優勝校と当たってしまい、早い段階で敗退をしてしまった。また今年からコーチが代わり、更にチームも最高学年が引退をし、新体制となった最近ではその勢力を上げているという噂は後を絶たない。選手の平均身長も中学生にして180p近くもあり、何よりも注意するべきなのはその高さを活かしたブロックだ。このブロックをどうかわしていくか、それが勝敗を分けるのだと数ヵ月前の中総体の試合で影山が研究していた学校のうちの一つであった光仙学園の事をそんな風に言っていた。

「厳しい試合にはなるかもしれないけど、兎に角どんな時でも必ず声掛けしながら試合には挑まないとな」
「おう」

それから階上は練習試合当日の詳しい日時や集合場所を私たちに伝え、その場を後にした。
本番の試合ではないにしろ、強い相手との戦い。その壁は決して低いものではないけれども、影山のその表情には闘志がみなぎっているように見えた。




翌月上旬のとある日曜日の午前、光仙学園との練習試合当日。北川第一中学校体育館でそれは迎える事となった。
試合が始まり、第一セットは25-23でまず北川第一が先取した。しかしながら第二セットは相手に流れを渡してしまい、セットは呆気なく取り返されてしまった。そして第三セット、現在17-20のやや劣勢気味の北川第一。激しい攻防戦が続き、北川第一の攻撃が光仙の高いブロックに引っ掛かるようになり、なかなかスパイクが一本では決まらなくなっていた。無言で試合を見つめる監督も時折険しい表情を見せる。

ーーーーーピッ!

審判のホイッスルを合図に相手側からサーブが放たれる。それをリベロの遠別が拾い、そのボールを影山がブロックの付いていないライト側へトスを上げた。既にライト側へ飛んでいた国見がスパイクを打つがそれほど勢いがなく、そのスパイクは相手チームのリベロによって簡単に拾われてしまい、光仙の攻撃が決まる。

「…………なんか、こっちの攻撃だんだん速くなってないですか?」
「え……?」

その時、私の隣に座る控えセッターの一つ下の後輩君が呟いた。素人の私にはそのような変化などは正直よく分からなかったが、確かに試合において常に冷静な影山が明らかに切羽詰まっているのは目に見えている。階上が「切り替え切り替え!しっかり声出すぞー!」とチーム全体に声を掛けているがそれさえも影山の耳には届いていないようだ。

「いや、なんか国見先輩、今のトス凄く打ちづらそうだったんで」

「……あ。影山先輩って椎名先輩の彼氏だったんですよね、なんか生意気言ってスミマセン」と頭を下げるが、私はコートに立つ影山の方へ意識がいくばかりだった。

ーーーーーピッ!

ホイッスルが鳴り、再び光仙側のサーブ。今度は階上がサーブレシーブを受け、影山がトスを上げようとした時だった。

「!」
「コンビミス……?」

恐らく影山は速攻を使って開いていく点差を縮めたかったのだろうが、上げたトスのスピードが異様に速い。Bクイックの位置に飛んでいた金田一がなんとかそのトスを打とうとするが厳しい体勢でのスパイクだった為、ボールが手に当たる事は無かった。

「っ!わるい、金田一」
「……あ、あぁ」

自分たちのミスで開いていく点差にチームに少しはがり不穏な空気が流れる。

「影山先輩、大丈夫なんですかね……?」
「……うん、」

コートの中にいる影山は、確かに金田一に謝っているはずなのに、まるで金田一を見ているようには見えなかった。見ているのは、仲間ではなく目の前の敵のみ。
そんな風に思えるのは私の気のせいなのだろうか。いや、気のせいであってほしかった。

「影山、」

少しずつ狂い始めた歯車に胸騒ぎを覚えた。

(2015.09.05)

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