Episode.18


「おい!もっと早く入って来いって言っただろ!!」

水飲み場で使用済みのドリンクボトルを洗っていた時、体育館内に響き渡る突然の大声に思わずビクリと肩が揺れた。

「今のなに……?」

私の記憶が正しければ、確か今はスパイク練習中だったはずだ。もしかしたらまた影山が何かしたのかもしれないという不安が過り、即座に水道の蛇口を閉めてから駆け足で体育館の中へと入ると、練習は一時中断しており、床にはバレーボールが無残にも転がっている。皆の視線は一点に集中していて、驚くほどにその場は静まり返っていた。

「だから!!お前のトスは無茶すぎんだよ!」

その視線の先には、まるで今にも殴り合いの喧嘩が始まるんじゃないかというくらいの勢いで金田一が影山に怒鳴り声を浴びせる光景がそこにはあった。

「こうでもしねぇとあのブロックは振り切れねぇんだよ!!」
「だからってスパイカーが打てなきゃ元も子もねぇだろうが!!」
「お前らよせ!」

見るに耐えないと判断した監督が止めに入るが両者一歩も譲らず、未だに物凄い剣幕で睨み合っている。あれほど温厚だった金田一でさえ、影山と対立をしてしまった。けれど金田一だって、初めは影山のトスのスピードに追い付こうと努力はしていた。トスが合わないのは自分のスパイカーとしての技術が足りていないのだと、指摘をされれば謝った。沢山我慢もしていた。けれど、その努力は結局影山には何一つ響かなかった。

「出たよ、スパイカーを置き去りにする王様の無茶ぶりトス」

金田一のすぐ後ろに並んでいた国見が不快感を露にした声色で呟く。

"コート上の王様"

影山とチームの亀裂が激化し、いつしか部員の誰かが呼ぶようになった影山の異名。その意味は、自己中の王様。横暴な独裁者。
まるで今の影山は独裁政権を敷く支配者そのものだった。

「影山、お前最近どうしたんだ?少し焦りすぎなんじゃないのか」
「焦ってなんかないです!!」

始まりはこんなはずじゃなかった。
国見や金田一ともあれほど仲が良かったはずだった。いつも三人揃って一緒にいて、時には二人からからかわれてたり、笑い合ったりと気を許し合う仲だった。それに、チームとも今まではちゃんと上手くいっていて、問題なんか何一つ無かった。なのに、どうしてこうなってしまったんだろう。どうして影山は、目の前にいる仲間を信用しなくなったんだろう。

「くそっ!何でアイツなんかがセッターなんだよ」

不服そうに下唇を噛み締める金田一を見て、胸が締め付けられたような気がした。

「….…っ、もう見てられないよ」

孤立していく影山も、強張った表情をする皆の姿も。バラバラになっていくそんな彼らを見るのが苦しい。此処に、居たくない。
弱い私は、今すぐにでもこの空間から逃げ出したかった。




その日の帰り、私と影山は二人して夕暮れ時の静けさの増す田んぼ道を歩いていく。

「…………」

ここずっと影山は私の前ではこうして無言の状態が多く、口数は随分と少なくなった。私も無理に話題作りをしようと話す勇気も無く、こうして黙り混んでいる。
ふとゆっくりと顔を見上げた先に映る影山の横顔はただ前だけを見据えていた。

影山は今、何を考えているの。
何を、思っているの。

一番近くにいるはずなのに、そんな影山はまるで別人のようで、遠いように思えてしまう。

「影山っ……!」

喉の奥から絞り出した声は自分でも分かるくらいにか細くて、頼りない。それは影山に対して少なからず恐怖心を抱いているからだ。事実、ゆっくりと私の方を向く影山の顔を見る事が出来ない。未だに無反応の影山は一体どんな顔をして私を見ているのだろうか。

「……あの、さ。影山が頑張ってるの、分かるよ」

段々と小さくなっていく声のボリュームと落ちていく目線。こんなにも弱々しい自分が許せなくて、ハーフパンツを握りしめていた手の力が思わず強くなる。
言え、言うんだ。

「けど、他の皆も同じくらい頑張ってる。だから、もう少しだけ皆を見てよ。もっと皆の事、信じてあげ―――――」

もしかしたら私も皆みたいに怒鳴られるのかもしれない。たたがマネージャーのお前がチームの事に口を出すななんて事を言われるかもしれない。それを覚悟で伝えようとしたはずなのに、その続きが言葉として紡がれる事は無かった。

「……!!」

その変わりに影山の強い力によって身を引き寄せられ、気が付いた時には彼の腕の中にいた。少し汗ばんだ身体には制汗剤のシトラスの香りが香る。

「―――――なぁ、夏芽」

頭上から影山の低い声が響く。ちょっと前までは少し高めの声だったはずなのに、いつの間にかそれは成長と共に変化を遂げていた。

「何で、こんなにうまくいかねぇんだ。……強くなりたい、ただそれだけなのに」

こんなにも弱々しく切なげに呟く影山の声に戸惑いを隠せなかった。常に絶対的な自信を持ってバレーに挑んでいたはずの影山が初めて私に弱音を吐いた事に心底驚いた。らしくない彼の姿にそれはまるで夢でも見ているようだった。
しかし抱き締められる力が一層強くなった時、ふと我に返った。背中に伝わる、僅かな振動。紛れもなくそれは影山の手が震えている事を示していた。

「俺は、間違ってるのか……?」

"間違ってる"

その人が自分にとってどんな存在だろうが、道を違えばそれを正すのがその人の為であるはずだった。けれど、こんな姿の影山を見て私は簡単に彼を否定出来るほどの強い人間ではなかった。
いつになく弱りきった影山からのその問いに私はどうしても答える事が出来なかった。

(2015.09.08)

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