Episode.02


「椎名ー!俺のジャージ向こうに置いといて!」
「はい!」
「夏芽ちゃん!一年生のコートの球出しお願い!」
「はい!」
「じゃあ今からスパイク練始めんぞー!」

大きく返事をしながら体育館を駆け回る午後4時。ホイッスルを合図に5分間のスパイク練習が開始された。
ここ一週間、慣れないマネージャー業は想像以上に過酷なもので、とても慌ただしかった。何せ、北一男子バレー部は県内強豪なだけに部員数が非常に多いわりにはマネージャーは来栖先輩と私の二人だけだ。人数が多ければ多いほどドリンクを作る量も自ずと増え、その分洗い物も出る。他にも球拾いや球出しもある為、休んでいる暇はない。使用済みのタオルやビブスが出れば洗濯機を回さなくてはならないし、洗濯物を干すのもマネージャーの仕事。日々それの繰り返しだ。ハードスケジュールなせいか、初日の夜は疲労と筋肉痛で身体が悲鳴を上げていた。家に帰ってもろくにご飯も食べずにその日の夜は即眠りについたのを覚えている。

「次、影山!」
「はい!」

徐に掛け声と共に走り出したのは、同学年の影山飛雄。彼は今年の新入部員の中では最も優秀な部員だ。それは素人の私でも彼の動きは入部初日から目についた。
小学生からバレーをやっていたらしい彼は馴れた手つきでスパイクを打っており、ボールに触れている時の彼は本当に嬉しそうな顔をしていた。

「凄いな、」

綺麗なフォームでスパイクを打つその姿に、私は目を離す事が出来なかった。




「うあ〜〜今日も疲れた〜」
「?そんなに疲れたか?俺はまだまだいける」
「え゛っ」

帰り道に私の隣を並んで歩く影山は疲労一つ見せずに「一年も残って自主練とか出来ねぇのかな」などと涼しい顔でとんでもない事を言ってきた。彼のスタミナは一体どうなっているのかと疑いたくなった。
私と影山は偶然にも同じ丁内に住んでいて帰る方向が同じなので、毎日自然にこうして二人で一緒に帰るようになっている。というより自宅まで送ってもらっていたりする。最初は申し訳なさで一杯だったが、どうやらこれまた偶然にも私の家が影山の家までの通り道だったようで、影山曰く遠回りになる負担などは特にはないようだ。

「椎名は何でマネージャーやろうと思ったんだ?」
「へっ!?」

影山からの思いも寄らない問い掛けに動揺が隠せなかった。

「………私は影山みたいに胸を張って言える動機とかはないんだけど、中学に上がったら何か新しい事を始めてみたくて……。そこでたまたま興味を持ったのがバレー部のマネージャーだった。ただの興味本位で入部するなんて、舐めてるよね」

バレーに対してストイックに打ち込む影山にこんな話をするなんて無神経すぎたと、口にしてから後悔した。影山には実力も覚悟も、明確な理由もあって、私には何もない。そんな私は影山から「生温い」とか、キツい事でも言われてしまうのかな。恐る恐る影山の方を見れば、意外にも影山は怒っているわけではなく、いたって真面目な顔をしていた。

「別に、思わない」
「え……?」
「俺は、椎名が一生懸命やってるのは見てて分かるから、別に舐めてるとは思わない。それこそ舐めてる奴なら、一週間も続いてないだろ」
「!そっか、それでもいいんだね」

影山の何気ないその言葉になんとなく救われた気がした。それに、部活中は私の事なんて気にもとめてなかっただろうと思ってたのに、ちゃんと見てくれていた事が堪らなく嬉しかった。そうか、動機なんて関係ないんだな。

「あれ?雨?」
「まじか!」

突然頭部に感じた冷たいもの。空を見上げればぽつぽつと雨粒が降り始めていた。しかしそれは弱まるどころか、徐々に強まって地面を打ち付けてきた。そんな、今日は雨なんか降る予報じゃなかったはずなのに。

「やばい影山!私、傘持ってないよ!」
「俺、折りたたみ傘なら持ってる!」
「なんてマメなんだ!」

背負っているエナメルバックをゴソゴソと漁り始め、やがて影山が手にしたのは黒無地の折りたたみ傘だった。その姿を見ながら、私も普段から持ち歩いていれば良かったと今更思ったが後悔先に立たず。

「ほら、行くぞ」

気が付けば影山は傘を開いて歩き出そうとしているところだった。私が突っ立っていると、不思議そうに首を傾げて「早く入れよ」と促してきた。

「え!いいの?」
「……そのつもりだし、それにこのままじゃ風邪引くだろ」
「そ、それじゃあ、お言葉に甘えて……。お邪魔します………」
「おう」

それからの影山との帰路は終始無言状態だった。ただ、雨音で静寂がかき消されている事が唯一の幸いだった。そう思っているのはきっと影山も同じなのかもしれない。

「(これって、相合い傘……だよね?)」

私たちがやっている事とは俗に言う相合い傘というやつで、折りたたみ傘だという事もあり、私たちはぴたりとくっつきながら歩いていた。ここでまず弁解をしておくが、私と影山は付き合っているわけではない。私が傘を忘れたから影山が仕方なく入れてくれている、ただそれだけの事だ。そう何度も自分に言い聞かせた。しかし、自分の右腕から感じる影山の体温に意識せざるを得られなかった。
暫く歩き続けていると私の自宅が見えて来たので、この状態から解放される事に自然と安堵の息が洩れる。ふと影山の方に顔を向けると、驚くことに影山の右肩が濡れていた。もしかして私が雨に濡れないようにと気遣ってくれていたのだろうか。

「……着いたな。じゃあ風邪引かないように気をつけろよ。それじゃあ――――」
「あっ、ちょっと待ってて影山!」

「また明日」と言って再び歩き出そうとしている影山に制止の声をかけると、案の定影山は首を傾げていた。その場で待っててもらい、急いで家からタオルを持ってくると影山はギクリと顔を強張らせた。

「肩濡れてるからタオル使って!ごめんね、気使わせちゃって」
「あ……いや、別に……!」

影山にタオルを渡すと、影山は視線を右往左往させ、明らかに動揺していた。それが面白くて吹き出していると、一瞬にして影山の視線は私を捉え、こちらに睨みを利かせた。

「ごめんごめん!でもありがとう。影山こそ風邪引かないでね」
「……おう。じゃあ、また」

少しバツの悪そうに頬を掻きながら、別れを告げた影山は今度こそ私から背を向けて歩き始めた。その時、影山から先程もらった言葉を思い出して、居ても立ってもいられなくなった私は再び影山を呼び止めていた。

「私、マネージャー頑張るから!だから明日も部活頑張ろうね!」

(2014.11.24)

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