Episode.21


影山から突然の別れを告げられて、そのショックで昨夜は一晩中布団の中で泣き腫らしていた。泣けば何か変われるかと思ったが全然そんな事はなくて、朝を迎えてもこの気持ちが晴れる事はなかった。正直、今日一日授業なんてまともに聞く事が出来ず、時折昨日の事を思い出すとまた泣き出しそうになってしまい、先生に気が付かれないようにと教科書で必死に何度も顔を隠していた。それに異変を感じ取った友達や国見には案の定「どうしたの?」「大丈夫?」と心配をされてしまった。それに対して「何でもないよ」とかわしていたが、本当に何でもないように装えたかは自信が無い。
幸い影山とはクラスが違うのと今日は朝練が偶々無かった事が唯一の救いだったが、そもそも影山への想いを一晩で断ち切ろうなんて無理な話だった。

「椎名」

しかし、今から始まる放課後練では嫌でも顔を合わさないといけない。その時、私は影山とどうやって接していけばいいのだろう。何事も無かったかのように接すればいい?それとも影山には極力関わらないようにすればいい?私にはどちらが正解なのかが分からない。

「椎名っ、」

……そういえば、今日から帰りは一人で帰らないといけないのか。帰り道は常に隣には影山がいたはずなのに、これからはいない。あの時、距離を置かずにきちんと影山に向き合っていれば、こんな事態にはならなかったのだろうか。もっと私が、しっかりしていれば。もっと、私が、

「ーーー夏芽」
「!!かげやっ………」

"夏芽"
私の名前を呼び捨てで呼ぶ男子なんて影山くらいだった。だから突然呼ばれた事に吃驚したけど、それでも淡い期待を抱きながら背後から掛けられた声に振り向けば、そこに立っていたのは私が思い描いていた人ではなく、変わりに国見が居た。

「……あっ、国見」
「やっと反応した」
「てか、なんで名前……、」
「何回呼んでも反応無かったから、つい。それと手、止まってる」
「!……あ、ごめん」

水飲み場でドリンクボトルを水洗いしていたはずが、いつの間にか気を取られていたようで、既に容器からは溜まった水が無惨にも溢れ返っていた。背後に国見が近付いてた事すらも気付けない程に私は相当今回の事に堪えているようだ。

「…………影山だと思った?」
「!」

その言葉に心臓がドキリとした。動かしていた手がピタリと止まってしまったのは、黙り込んでしまったのは、正しくそれが図星だったからだ。

「影山と何か、あったんでしょ」

疑問符を付けない所からして、彼には確信めいたものがあるらしい。そもそも私の態度を見れば一目瞭然で、バレー部の人間ならばきっと"あぁ、いよいよアイツと何かあったんだな"と思うだろう。

「……っ。別に、何もないよ」
「でもさ、「いいから」………、」

悟られたくないのに、本当は気付いて欲しい。何でもないように振る舞いたいのに、やっぱり誰かを頼りたくなる。そうやって気持ちに矛盾が生じてしまうのは私が弱い人間だからだ。

「本当に何でも、ないから」

へらりと力無く笑えば、納得出来ないというような目で国見は私を見るが、今ここで打ち明けてしまえば私はまた国見に甘えてしまう。

「………………」

その時、遠目から私たちの後ろ姿を眺める切ない視線に気が付く事が出来なかった私は、単純で、愚かで、浅はかだった。




「「「「「お疲れ様でした!!」」」」」

終了の号令と共に解散となり、各々がその場から散っていく。私も自分の鞄を持てば直ぐに帰れる状態なのだが、今日が体育館の鍵当番になっている後輩君に何となく声を掛けた。

「鍵、私が閉めとくよ」
「え!?でも、先輩悪いですよ!俺が今日当番なんで!」
「今日の練習キツかったみたいだし疲れたでしょ?だから、少しでも早く家に帰って休みな」
「……!!すみません椎名先輩!!ありがとうございます!!」
「いいよ、お疲れさま」
「お先失礼します!お疲れさまです!!」

申し訳なさそうに私に何度も頭を下げる後輩くんを後にし、校舎の1階に位置する職員室へと向かう。彼には悪いかもしれないが、戸締まりを引き受けたのは決して善意では無く、帰り道に影山と遭遇するのを避ける為の、ただの手段に過ぎなかった。
今日の影山はといえば、至って普通だった。部活に対する取り組み、態度、プレースタイル、それらに狂いなどなかった。まるで、昨日の事なんて無かったかのように、いつも通りだった。
無事職員室に鍵を返し、校舎を出れば冷気が頬を刺し、思わずマフラーに鼻先まで顔を埋める。独りぼっちで帰る夜はやっぱり虚しくて、寂しい。そんな事を思いながら校門へ向かった時、そこに立つ一つの黒い影に私は驚きで目を見開いた。

「!か……げやま……、」

そこには塀に寄りかかり、寒そうにネックウォーマーに顔を埋め、両手をポケットに入れながら私を待つ影山の姿があった。

「なん、で…………」

"なんで居るの?"

あまりに衝撃的で、その言葉を続ける事が出来ないくらいに今の私は動揺していた。私からの視線を感じたのか、ふとこちらに顔が向き、私の姿を見付けた途端に影山はその場に立ち尽くす私の方へと歩み寄って来た。

「帰るぞ」

当たり前のようにそれを言って、歩き出す影山。目の前で起こっている事に思考がついていけなかった。
私たちって、別れたんじゃなかったっけ。確か影山に別れ話を切り出されて、私が嫌々頷いて、さよならして、散々号泣したはずだった。昨日はもしかして嫌な夢でも見ていただけだったのだろうか。今でも付き合っているんじゃないかと錯覚させるくらい、それは自然だった。

「(分かんないよ)」

嫌われたはずだった。振られたはずだった。
なのに、どうしてわざわざ待ってたの?何で私の隣に居るの?私の事、どう思っているの?
影山の考えている事がますます分からなくなった。でもそれと同時に、自分の傍に未だ彼が居る事に酷く安心している自分が確かにいたんだ。

(2015.09.27)

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