Episode.22


「プリント回ってない奴いるかー?」

配布されたプリントの内容を見るなりざわざわと一気に騒がしくなった教室。私もそれに倣って手元にある用紙のタイトルに目を通してみると、「あぁ、もうそんな季節か」と心の中で静かに呟いた。

「来年はいよいよお前たちも"受験生"だからな。前に提出して貰った進路希望調査表を基に来週から昼休みや放課後を使って個人面談を行っていくからな」

手渡されたプリントには『2月の個人面談実施のお知らせ』のタイトルと共に誰が何日の何時に面談なのか詳細のスケジュールが表で印刷されていた。
以前、11月頃に進路希望調査の用紙が配布され、第一志望から第三志望まで記入をして提出をするよう担任から指定があった。あの時私は確か、"白鳥沢学園"、"青葉城西高校"、"烏野高校"の志望順位で提出をしたはずだ。

「(……そういえば影山と一緒の高校に行く約束したっけ)」

夏休みに影山と一緒に白鳥沢学園を受験しようと話していたのはまだ記憶に新しい。あまりの偏差値の高さに私が諦めかけていたら「お前なら大丈夫だ」と影山に励まされたっけ、なんて窓際から外で体育でサッカーをしている何処かのクラスのゲームを眺めながら、既に過去のものとなってしまった思い出に一人浸っていた。

「(……あ、)」

よく目を凝らしてみると、グラウンドでサッカーをしていたのは隣の1組だった。影山は何処にいるのかとつい視線を追ってみると、影山はゴールキーパーを担当していた。そんなバレーボール以外のスポーツをする影山は何だか違和感でしかなかった。きっと今頃影山は「バレーしてぇ」とか考えているのだろうと思うと自然と口許が緩んだ。
暫くするとゲーム終了のホイッスルが鳴り、生徒達が先生の元へ集合した。先生が何か喋った後、生徒たちは動き出して今度は男女ペアになってリフティングの練習をし始めた。それはごく普通の事のはずなのに、私は次の瞬間眼前で起こった光景に思わず目を疑った。

「―――――え」

異性には殆ど関わりを持たないはずの影山が、迷い無く自ら女の子の方に歩み寄り、声を掛けてペアを作っていた。しかも、私じゃない女の子に。私よりもずっと笑顔が似合っていて、きらきらしていて可愛らしい、ツインテールの女の子が、影山の傍にいる。

―――――"そこ"は、私の場所のはずだった。

ぐるぐると渦巻く黒い感情。……あぁ、これが"嫉妬"ってやつか。
勿論クラスが違えば自ずと別の女子と関わりを持つ事とか、そんなの当たり前なのは分かっていたし今までは気にもしていなかった。それはきっと影山だから大丈夫だと安心していたからだ。だからこそ、あの影山からアクションを起こした事が私は俄に信じられなかった。もしかして影山は、あの子の事が好きなのだろうか。

「っ、」

ズキリと胸に走った痛みに顔が次第に歪んでいく。見なければよかったと後悔をしても今更遅い。目を逸らしても、あの光景が脳裏に鮮明に浮かんでしまう。でも結局はどんなに傷付こうが、苦しもうが、嫉妬しようが、私たちは今はもう違うのだ。恋人でも、友達でも無い。曖昧で、不安定な関係。そんな立場に位置する私が何かを言う資格は毛頭ない。

「(……でもやっぱり、好きなんだよ)」

あれから1ヶ月以上経つというのに、この気持ちが変わる事はなかった。
要らない、要らない。こんな感情なんか要らない。早く消えてよ。こんなに辛いのなら、いっその事嫌いにさせて欲しかった。それならばどれほど気が楽だっただろう。影山以上に好きになれる人が居れば、幸せになれただろうか。でも中途半端な影山の優しさがそうはさせてはくれなくて、影山に対する思いだけが私の中では膨らんでいくばかりだった。




翌週の火曜日の放課後、面談日はやって来た。前の子の面談がまだ続いていたので静かに廊下で待っていると音楽室から響く吹奏楽部のロングトーン、グラウンドからは野球部やサッカー部のアップ時の掛け声、テニス部の打球音などが聞こえ、校内は部活一色だった。バレー部も今頃アップを取って今日はレシーブ練習でもしているだろうかと体育館の方を呆然と見つめていると、閉め切っていた扉がガラリと開いて前の子が少し浮かない顔をして教室を出てきた。きっと、あまり良い話にはならなかったのだろう。

「お、椎名!待たせたな、入っていいぞ」
「あ、はい」

扉からひょっこり顔を出してきた担任が教室に入るようにとこちらに手招きをしてきた。中に入れば中央に向かい合わせでくっつけられた二つ分の机がやけに目立っていて、少しだけ緊張感が高まった。既に席に着いていた先生が反対側に座るようにと笑顔で私に促した。

「椎名はバレー部だよなー。どうだ、来年こそは全国行けそうか?」
「……んー、どうなんですかね……。何とも言えないですけど、みんな毎日必死に練習頑張っているので、今年こそ全国大会出場狙えるといいんですけどね、」

当たり障りのない内容から始まった面談。正直部活の事はあまり話題にして欲しくなかった。悟られないようにと笑った顔がぎこちなくなっていないか少し不安だった。
ただでさえうちのバレー部はチームの輪が乱れているのが現状で、雰囲気は最悪だ。監督でさえ手に負えなくて頭を抱えているのだ。そんな状況下の中、先生に伝えられるような明るい話題なんて何一つ無かった。

「そうか〜。まぁうちのバレー部は強豪って言われてるし、是非頑張って貰わないとな!あっ、バレー部って言えば影山が凄いんだろう?」

なんだっけ、セッターやってるんだっけ?あのポジションって一見地味そうだけどかなり頭使いそうだよな〜と溢す先生は、動揺のあまり目を伏せしまった私には気付いていないだろう。それは一番聞きたくなかった名前だった。

「……なんでも、出来るんです。サーブも、スパイクも、ブロックも、レシーブも……ポジションなんて関係無いくらいに。何せ、小学校の時からバレーやってたみたいなんで」
「へぇ、大したもんだなぁ。じゃあ影山はチームの要ってわけだ」
「……そうかも、しれないですね」

先生の問い掛けに私はどうしても胸を張って答える事が出来なかった。
人より何でも出来る彼は、バレーボールがコートに立った6人全員で戦う競技だという当たり前の事を知らない。
人よりなんでも出来るからこそ、出来ない人の気持ちがきっと分からなくなって、自分が一番なのだと過信をしてしまう。そうして自分を特別視してしまった彼はいつの間にか独りで戦うようになっているんだ。彼を取り巻く周りの"良さ"や"活かし方"さえ気が付かなくなるくらいに、目先の事が見えなくなる。そんな彼が果たしてチームにとって必要とされているかは何とも言い難い。でもそんな彼をいつまでも好いている私は、とんだ愚か者なのだ。

「まぁ、世間話はこれくらいにしといて本題に入るか。………えーっと、椎名の第一志望はー……おぉ!白鳥沢か!!……まぁ敢えて言うが正直な所、今の成績だと厳しい部分もある。けどそれで諦めろとは言わないし、絶対受からないってわけじゃない。だからこそ少しでも可能性を作る為に前もってしっかり受験対策をしていけば狙えなくはないと俺は思うぞ」
「あの、先生」
「んー?なんだー?」

先生が親身なアドバイスしてくれている中、話の腰を折るような真似をした事に罪悪感を感じたが、私はどうしても言わなければいけない事がある。

「実は志望校の事なんですけど、」

ぎゅう、とスカートの裾を握り締めながら一度だけ間を置く。
影山と交わした約束。それはもう二度と果たされる事は無い。
出来る事ならば、あの頃に戻りたかった。それは今でも思う。でも、もう戻れやしない。この現実が変えられないのは分かり切っている。

「あれから考え直したんです」

だから一つだけ、我が儘を言わせて欲しい。

「私やっぱり、第一志望変えます」

いつまでも影山の隣に居座ろうとか、後を追いかけるような真似はしない。だけどその変わりに、君の元を離れる時が来るまでは好きでいさせて欲しい。君の元を離れる時が来たら、この想いをきっぱり捨てて、ちゃんと前だけを向いて歩いて行くから。これから影山の隣を歩いていく人の為にも。……私の為にも。

「烏野高校に、変えます」

これが私が影山に対して最初で、最大限の抵抗だった。

(2015.10.03)

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