時の流れというものは年々早く感じるようになり、気が付けば北川第一中学校に入学をして三度目の春を迎えた。そして、中学生としての最後の春。私たちはいよいよ3年生になってしまった。3年生と言えば、学校の最高学年。受験生となる年で、3年間汗水流しながら励んできた部活動を引退する年でもあり、そしてこの学校を卒業する年。そうやって色々な事が私たちの元へ押し寄せて来る大きな一年だ。
「人多すぎる……」
相変わらず新学年初日の昇降口にはクラス替えのせいか、貼り紙の前には多くの人集りが出来ていた。それぞれ歓喜の声や落胆の声など、様々な声が前方から聞こえてくるが、この人の多さにもなると自分がクラス表を見られる様になるには暫く時間が掛かるだろう。キョロキョロと視線を周囲に動かしていると、人混みの中から頭一つ抜けている国見を真っ先に発見した。
「国見!おはよう」
「あ。おはよ、椎名。俺ら2組でまた同じクラスだよ」
「お!結局離れなかったね。何だかんだ国見とは3年目の付き合いですな」
「ぷっ。なんだよ、"ですな"って」
「え、何となく?」
「何となくね。ちなみに金田一は1組」
「金田一とはまた別々かあ。結局3年間同じクラスになってないや」
一通りバレー部の部員の名前を挙げていきながら誰が何組で誰が同じクラスだと背の高い国見はクラス表を眺めながら私に丁寧に教えてくれた。しかし、私は何より気掛かりな事があった。唯一国見の口から挙がっていない人物の存在。影山は一体何組になったのか。今年も離れてしまったのか、はたまた今年こそ同じクラスなのか、私はそれで頭がいっぱいだった。
「………影山は、3組だよ」
抑揚の無い声で静かに呟いた国見。それは私の気持ちを汲み取って言ったのかは知らないが、でも勘のいい国見はきっと分かっていたんだと思う。
「そっか、」
クラスが違って少しだけホッとしたような、でもやっぱり悲しいような。そんな二つの気持ちがぐるぐると私の頭の中を駆け巡っていた。
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新年度にもなると1年生部員が増え、部内は賑やかになった。うちのバレー部は強豪なだけあって入部希望者は今年も殺到していた。そういえば私が1年の時は入部初日なんかあまりのハードさに身体がヒーヒーいってたなぁ、と入学当時の事を思い出して懐かしんだ。
「じゃあこれから15分間休憩入るぞ!」
「「「「「ハイ!!!!」」」」」
それを合図にマネージャーである私は部員たちに用意していたドリンクボトルを一人一人に渡していく。
「お疲れ、国見」
「ありがと。椎名もお疲れ」
「ありがとう。金田一もお疲れ様」
「お、サンキュー」
それから階上、遠別、折爪、田代へと配っていき、籠の中に残されたドリンクボトルはあと一本。それは影山の分だ。正直これにはいつも悩まされていて、誰かに丸投げしたい一心だった。でも単なる私の我が儘で他の誰かにこの役割を頼むわけにもいかないし、何より部活に私情を挟んで周りにこれ以上迷惑を掛けたくはない。それに、これくらいしか私が自ら影山に話し掛けられる機会は無い。
すうっと一度深呼吸をし、部員達は複数のグループを作って談笑している中、唯一体育館の端で一人胡座をかいて休憩を取っている影山の元に近付いた。
「影山、」
勇気を振り絞って声を掛ければ、名前を呼ばれた影山はゆったりとした動作で顔を上げて私を見た。……あぁ、やっぱり慣れないや。
「……夏芽」
「お疲れ様。その、ドリンク持ってきた」
「あぁ、さんきゅ」
「……うん。じゃあ、休憩明けも頑張って」
「おう、」
今、ちゃんと自然体で振る舞えたかな。挙動不審になってなかったかな。声、震えてなかったかな。
「…………はぁ、」
水飲み場に戻った所でようやくあの緊張が解けた。トクントクンと脈打つ心臓の音がやけに五月蝿い。影山と、話せた。自分から声、掛けられた。いくら短い会話でもやっぱり私にとってそれは嬉しくて何よりも特別な事だったんだと思う。また明日も出来るだろうか。頑張れるだろうか。少しずつ付き合う前の頃みたいに、振る舞えるだろうか。
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「なぁなぁ、国見。王様の奴、早速1年にも嫌われてるみたいだぞ」
休憩時間、椎名から手渡されたドリンクボトルを黙々と口に含んでいると、不意に金田一が耳打ちをしてきた。それから静かに耳を澄ませてみれば「あの3年の目付き悪い先輩マジおっかなくね?すぐキレるしよぉ」「影山さんだろ?あの人ってやり方が自己チュー過ぎて"コート上の王様"って呼ばれてるらしいぞ」「うわー、"王様"とかそのまんまじゃねーか」などと影山に関する悪い話が四方八方から聞こえてくる。
「それにしても椎名も物好きだよなー。いつまでもあんな奴と付き合ってるなんてよ」
俺の脇に座る金田一は「王様のどこがいいんだか。まぁ、冷やかし入れてた俺らも悪いけどよぉ」と言いながら椎名が影山にドリンクを渡しに行く光景を眺めていた。
「まぁ、そうかもしれないね」
どうやら金田一には"まだ"二人がそういう風に見えているらしい。だからといって俺が敢えて口に出して否定をするような真似はしないが、2年の冬に二人の間に何かがあったという事は断言出来る。それは椎名のいつもと明らかに違った態度を見れば一目瞭然だったし、あの時椎名が授業中に静かに隠れて泣いていた時の事を俺は今でも鮮明に覚えている。何があったかは俺は知らないけれど、大方影山絡みで泣いていた事に違いないだろう。しかも、あれはきっと―――――。
「アイツ、あんなんだし下手したら椎名にまでキレてそうじゃん?いい加減別れればいいのにな」
「―――――うん、」
あの事件以来も変わらず影山と椎名は一緒に帰ったりしているものの、どうも俺には二人の中の蟠りが解消されたようには到底思えない。例えば、もし俺の想像通りに二人の関係が既に終わっていたとして、それでも"曖昧な関係"をずるずると引き摺っているのならば、正直あまり感心は出来ない。だって、それで誰かが幸せになれるの?元に戻れるの?……そうじゃないでしょ?元になんて簡単に戻れやしないし、そんなのただ自分の首を絞めてるだけで、いつまで経ってもその苦しみや痛みから解放されやしない。
「………気に入らない」
本当に、気に入らない。
「国見……?」
椎名にあんな顔をさせといてそれに気付きもしない影山が、あれだけ辛い思いをさせといて自分は澄ました顔でちゃっかり椎名の隣に居座る影山が、俺は心底気に入らなかった。
(2015.10.11)
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