それは、とある強豪校との練習試合の日だった。第一セット、18-14。今の流れが続けば、こちらの優勢でこのセットはまず北川第一が先取するだろう。*
「レフト!」
「ライト!」
サーブレシーブが上がったのを合図に金田一はレフト側へ、階上はバックアタックとして、そして対する俺はライト側へ"囮"として走り込んでいた。
「(……あぁ、もうこれレフトに上がるのバレてるじゃん)」
どうやら相手チームの選手も"俺には上がらない"と分かったのか、誰一人として俺にブロックが着いて来る気配がない。囮が囮として機能していないのなら、全力で跳ぶ必要はない。此処で無駄な体力を使うのなら、終盤戦の為に温存をしていた方がずっといい。
だから俺は、手を抜く事を決めた。
―――――バシン!!
案の定レフト側に上がったトスを金田一がスパイクを打つが、3枚ブロックにそれは叩き落とされ、その一点は相手チームの点数に加算をされてしまった。でも今のはしょうがない、3枚もブロックついてたんだし。切り替え切り替え、と何事も無かったかのように気を取り直してもう一度自分のポジションにつけば、影山が急かさず足早にこちらへと近付いて来た。
「おい影山!!試合中だぞ!」
「国見!!」
……………出た。
影山に気付かれないように一度溜め息をついてから嫌々そちらを向けば、階上の制止の声も聞かずに眉間に皺を寄せながら何か言いたげに俺を睨んでいた。……あぁ、これはまた言われるな。
「今、手抜いただろ!囮だって分かってても打つつもりで入って来いよ!!」
「……けど今のレフトに上がるって相手にもバレバレだったじゃん。無駄に疲れる必要なんて無い」
やる気が第一の影山の事だから、そんな事だろうと思った。打つつもりで入るとか、それぐらい俺だって分かってる。そうじゃなきゃ"囮"なんて居る意味が無いし、必要もない。でも、今回の場合は違う。そもそも初めから相手に戦術が見破られていた。だから通用しない。そう判断した俺はその役割を棄てたまでだった。
「……お前、上手いのに何で本気でやんないんだよ」
「じゃあ聞くけど、常にガムシャラな事が="本気"なのかよ」
「……っ!」
こういうのってさ、マラソンで言う、ペース配分を考えて走るのと一緒なんだと俺は思うんだよ。後先考えずに常に全速力で走っていれば、いつもMAXの力で跳び続けていれば、肝心な場面の時に本来の実力なんて発揮できやしない。ただ自滅するだけだ。影山はそれを分かっていない。自分の考えが一番正しいと思って、そうやって押し付けて、そのクセ周りの意見には一切耳を傾けようとはしないんだ。
「そんなんだから―――――」
そんなんだから、皆お前から離れていくんじゃないの。
今、椎名がどんな顔をして、どんな思いを抱えながら俺たちのやりとりを見ているのかさえも、気付けないんじゃないの。
「っ、」
苦しそうにお前を見るアイツを、何で分かってあげられないの。
▼
夏の中総体まで残された時間はほんの僅かだった。大会はいよいよ来週で、バレー部全体には緊張感が走っている。特に影山は人一倍ピリピリした空気を漂わせていて、この頃はアタッカーに無理な注文をつける事も一層増え、時にはチームと衝突する事も少なくない。何せ3年生になった今年は"引退"が懸かっており、一試合でも負ければそれで全てが終わってしまう。簡単に負けるわけにはいかない。それくらい思い入れが強く、特別な年だ。だからこそ、今チームが一致団結しなければいけない大事な時期のはずだ。それなのに―――――。
「あの、監督。ちょっといいですか」
「……あぁ、国見と金田一か。どうした?」
今日の放課後練が終わって、片付けの為に床に転がったボールを集めていた時、タイミングを見計ったように互いに顔を合わせ、何やらただならぬ雰囲気で監督に声を掛けたのは国見と金田一だった。
「(?なんだろう……?)」
いけないとは頭では分かってはいても、無意識に耳を澄ませてしまう。そうして耳元に全神経を集中させていると、二人は未だ一人残って最近から始めているジャンプサーブの練習を続けている影山を一瞥した後、「影山の事で話があるんです」と言って監督を見つめる。その表情は真剣そのもので、まるで彼らの目には迷いが無いように見えた。
「…………影山か」
「はい。俺たち、もう影山には限界なんです。いくら個人の攻撃力が高くても明らかにチームの足を引っ張ってます」
「(……!)」
金田一の言葉にはっと息を呑んだ。
用件とは、影山をメンバーからの除外を求める相談について。それはチームからの切なる訴えだった。
「正直、居ない方が助かる」
まるで鈍器で後頭部を殴られたような感覚に襲われ、その衝撃で思考が上手く働かない。
『居ない方が、助かる』
その言葉が何度も何度も五月蝿いくらいに脳内で繰り返されていく。
それは、影山は本格的にチームにとってはお荷物になっていて、もうただの邪魔者だという事を表している。……いや。遅かれ早かれ、こんな日がいつかやって来るのは避けては通れない道だったのかもしれない。
「お願いします、監督」
「だがなぁ…………」
渋い顔をして腕を組む監督は悩んでいた。それは影山は確かにチームの足は引っ張っていても、彼がいれば点を稼げるからだ。
「影山…………」
まだまだ未完成なジャンプサーブを打ち続ける影山は何一つ見えていないようで、今起こっている事態を知る由も無かった。
(2015.10.17)
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